第六章

第31話 挙手

 ホテルのロビーで、買い物をしている専属娼婦達、化粧品や下着が入荷したのだ。

「ぷんふんふふ~ん…ほんほはん…はん♪」

 なんだか原曲の解らない歌を適当な歌詞で歌いながらプラプラしている娼婦。

 ナミである。

 特に何かということもなく、ヒマだからウロウロしているだけ、Tバックのショーツを手にして、変な顔をしている。

(おしり痛そう…)

 ポイッと戻して、化粧品を手に取る。

「あっ…」

 ナミを目が合った女性、地味な感じで化粧っ気のない女性、美人とは言えないが、酷い容姿でもない、特徴のない薄い顔立ちが暗い印象を人に与える。

「あ~」

 向こうも気づいて軽く会釈する。

「看護婦さんだ」

「えぇ…えと…」

「ナミです」

「あぁ…ごめんなさい」

「ううん、いいの、買い物?」

「ううん…帰るだけよ…今日は化粧品とか…アタシが欲しいものは無さそうだから…」

 看護婦のその言葉、娼婦相手の業者しか来てないでしょ、と言いたげな顔だった。

「お化粧は? しないの?」

「しないわ…誰に見せるわけでもないもの…高いしね、化粧品は」

 その顔は、娼婦じゃないのよという表情がさらに強くなっていた。

「ふ~ん、お化粧映えそうだけどね」

 ナミは嫌味なく、その顔をジーッと見返していた。

「あっ、そうだ、あのね、アタシ、今日ファンデとか変えるから、今までの使う? いる?」

「えっ?」

「ちょっと使ってるけど、あげるよ」

「いいわよ…べつに…」

「なんで? お化粧したくない? ナミ、すっぴん見られるの何より嫌だけど」

 不思議そうな顔で看護婦を見るナミ。

「化粧なんて…今さら…」

「なんで? あっ、待ってて、部屋から持ってくるから」

 ナミは両手で動かないでとジェスチャーしながらエレベーターへ走って行った。

(なによ…娼婦が!!)


 看護婦は歯ぎしりした。

 たかが娼婦に、化粧品を恵んでもらう?

 正直プライドが許さなかった。

 マフィアに媚びて金を貰っている、容姿だけのバカ女。

 飽きれば捨てられる…それだけの存在、夜の貴重品…


 自然と売っている化粧品に目が移る。

(誰に見せるっていうのよ…今さら…)


「お待たせ~」

 ハッと気づくとナミが戻ってきていた。

 自分が思うより長い時間、化粧品を見ていたようだ。

「これあげる」

「いや…べつに…いいよ」

「いいの、せっかく取りに戻ったんだから、ねっ」

 手がモゾモゾと動いた…どこに持っていっていいか解らないまま小さく不器用に動く手をキュッと握りしめる。

「化粧したら、美人さんだよ、きっと」

 ナミの言葉に握った拳がスッと緩んだ。

 グイッと紙袋を渡されて、そのまま受け取ってしまった。


 ニコッと笑うナミに

「あっ…ありがとう…」

 小声で言って、その場を足早に立ち去った。


「こんなもの…こんなもの!!」

 帰り道の路地、壁に叩きつけようと振り上げた化粧品が入った紙袋、カシャンッと軽い音を立ててチークが落ちた。

 踏みつけようとして…足が止まった。

「こんなもの…」

 その場に座り込んで唇を強く噛んでいた。

 悔しくて涙が零れる…何が悔しい?

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