第30話 無罪

 トラックが迎えに来たのは、朝日が昇り切ってからだった。

「遅かったな…」

 俺の言葉が不機嫌そうに聞こえたのかドライバーは、助手席のドアを運転席から開けてくれた。

「すいません、1人ですか?」

「あぁ…『盾』なら…」

 数秒、俺は言葉に詰まった。

「1人はソコだ…」

 俺は転がっている死体を指さした。

「もう1人は、逃げたよ…」

「逃げた?」

「あぁ…」

「なぜ逃がしたんですか?」

「別に、理由がいるか?」

「……いいえ、車出します」

 助手席から風景を眺める。

 考えていたことは、逃げた『盾』のことだった。

 アイツ、何処へ逃げたんだろう?

 こんな、何処へ行ってもクソみたいな国、街から街へ何処をどう逃げ回ったって…行き着く先は、この社会の底辺だ。

(逃げるってことは、上には向かえないってことだ…)


 逃げ出した今と変わらないか…もっと悪くなる…それが現実なんだ。


 負けても、何か変わる。

 それが戦うってことなんだ。

 いつだって戦うってことは、何かを変えたくて拳を握ることなんだから…

 逃げだしたヤツに変化は訪れない…絶対に。

 変わるとすれば、さらに悪化する方にだけだ。


 逃げ道なんてものは…すべて下り坂の1本道なんだ。

 俺は弾倉が空になった銃を無意識に握りしめていた。


(逃げ場所なんてない…けど…逃げれるといいな…何処かによアイツ)


「なに笑ってんですか?」

「なんでもねぇよ…少し寝るわ」

 どうやら俺は笑っていたらしい。


 軍用のトラックに揺られ、浅い眠りに身を委ねる。

 音は聴こえている。

 夢も見ている。


 狭間で揺らいでいる…

 このまま死ねれば…どれほど幸せなのか…


「どうだった? 最新型は?」

「ん…あぁ…火炎の飛距離が段違いだな…それに炎が消えない」

「ハハハ、ナパームさ…火炎放射器なんて時代遅れの兵器が、今頃、役立つなんてな…」

「ナパーム…」

「あぁ、ゲル化したガソリンを燃料にしている、重油なんかと比べて、扱いやすいし飛距離が飛躍的に上がる、そのうえ、燃えるゲルは水中でも、しばらく燃え続ける。史上最悪の兵器と呼ばれたナパームだよ」

「史上最悪…」

「そうさ、コイツで、この東京も火の海になったんだ…知らないわけでもないだろう?大空襲は」

「東京大空襲…か…」

「あぁ…空から落とされた悪魔が、今はオメェの背中にへばり付いてるんだぜ」


 俺は火炎放射器を返して部屋に戻った。

「悪魔か…」


 俺は、再び東京を火の海に変えてしまうんだろうか?

 いや…あんな火炎放射器1台で、何を変えられる?


 俺は、悪魔を背負って、ただ得体の知れない化け物を焼くだけだ…。

「ゲルでスライムを焼く…皮肉なもんだな…」


 結局、人間は火から離れられない…。

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