第25話 逃避

「なんだ?」

「呼び戻しに来たんじゃないのか?」

 俺は無言でドアの前から離れた。

 バンッとドアが開いて女が飛び出してきた。

「お前?」

「ん…あっ…」

 さっきも見かけた専属娼婦だ。

「んと…名前…聞いたっけ?」

「いや…」

「いいや、見逃して、ねっ」

「おいおい…娼婦の姉ちゃん、逃げる気かい?」

「少し外に出たいだけ、逃げないよ」

「見逃せって言ってもな~」

「お願い」

 手を合わせるナミ

「勝手にしろ…俺には関係ない」

 俺は足でドアを閉めて、専属娼婦から視線を外した。

「ありがと、戻ってくるから明日にはさ」


 そう言って、走り去っていった。

「いいのかよ?」

「専属娼婦の世話など、俺達には関係ないさ」

「そうだけどよ…」

「戻ってこねぇな…ありゃ」

「どうでもいい」

 俺は火炎放射器を背負い直し、1人で正面へ向かった。


 大方、終わったようだが、念のため、しばらくは交代でホテル近辺を巡回することになった。

 裏口に回された俺は、今夜の当番になってしまった。

 どうせ寝そびれたんだ、どうでもいい…


 明け方、ホテルの裏口に座っている女。

(昨夜の…専属娼婦か)

「おい…」

「ん…あっ…ラッキー、ねっ開けてよ」

「帰って来たのか?」

「来るよ、そう言ったじゃん」

「そうだが…逃げたんじゃなかったのか?」

「逃げる?」

「ココの生活が…その娼婦が嫌で…」

「好きではやってないけどさ…逃げるほど嫌でもないよ…他に何ができるわけじゃないし」

「そうか…まぁ、ドアは開かない…30分ほどで交代だ、そしたら俺が内側から開けてやる」

「ホント、ありがと、じゃあ待ってる」


 40分ほどして、交代が来た、俺は裏口へ回りロックを外す。

 ドアを開けると娼婦が立っていた。

「待ったよ、ありがとね…助かったよ」

「あぁ…聞いていいか?」

「ん、ナミだよ」

「……名前じゃない、何処へ行っていた?」

「あぁ…あのね…墓参り?」

「墓?」

「死んだの…殺されたの。この間、元々ねアタシ路上で客取ってから…」

「殺された…Jack the Ripper」

「うん…あのね…お母さんみたいな人だったから…死んだ場所にね」

「そうか…まぁいい、俺には関係ない、バレないように部屋に戻れよ」

「うん」

 背中を向けて歩きだして、クルッと振り返った。

「ねぇ、なんて言うの?」

「バレたらか?」

「違うよ、名前…アンタの」

「名前…俺の…」

「そうだよ、アタシ名乗ったよ」

「あぁ…勝手にな」

「いいじゃん、教えてよ」

「…桜…桜ユキ」

「ユキね…うん覚えた、またねユキ」


(ユキ…か…)

 久しぶりに名前を呼ばれたような気がした。


(俺は…桜ユキだったな…)

 自分が誰だったか、変な言い方だが、俺は考えたこともなかった。

 名前を呼ばれることが、当たり前じゃなくなっていた。

「ナミ…か」

 他人を名前で呼ぶことも…

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