第15話 変革

(破裂するか…)

 俺は、なぜか破裂しないと確信していた。

 根拠らしい根拠は無い、もちろん経験則でもない。

 ただの勘だ。

 その勘だけで俺はトリガーを弾いた。

『盾』の連中の緊張が伝わってくる。


 不思議に思っていた…

『スライム』は『個』なのか、『集』なのか…

 『個』だ。

 胴体を丸ごと食いたいから、今は分裂しない。


 分裂するのは、『個』が失われたとき、破裂という手段で『個』を離れた場所へ飛ばし、各々が『個』となり再び活動を始める。

 植物が種子を撒く様に…

 こいつ等は植物の特徴を持ち、動物の証である捕食で栄養を摂取する。

 個体でありながら、種族の繁栄を最優先する。

 それは静かに体内を侵食している癌細胞のような恐ろしさがある。


(細胞そのものなんだ…)

 剥き出しの細胞、俺は目の前の『スライム』に、そんな印象をもった。

 俺は、『盾』を無言で退かして、目の前で『ボトムズ』を食っている『スライム』に炎を吹きかけた。

(消えちまえ…消えちまえ…)

「消えろ!!」


 俺は、火炎放射器の燃料が切れるまで、叫び続け、炎を放ち続けた。


 ゴッ…ゴフッ…ゴボォ…

 火炎が途切れ、放射器そのものが焼け焦げ、熱が掌から腕に伝わってくる。

 霧雨の中、俺は滝のような汗を流していた。


 放射器を背中から降ろし、壁にもたれ掛り、ズルズルとアスファルトに尻をつく。

『盾』の連中が俺をチラチラ見ている。

(見るな…そんな眼で俺を見るな…)


 連中の目は、完全にイカれた人間を見る目だ。

 憐みとも取れる視線が、俺をイラつかせる。

「見るな…」

 ボソッと呟いて、銃口を一番近い『盾』に向ける。


「よせ…もう終わったんだ…帰るぞ」

『ボトムズ』が俺の銃をグッと押さえつける。


 弾は残っていた…

 止められなければ俺は撃っていたのだろうか?

 俺は人を撃てるのだろうか?


 人だって…細胞の塊じゃないか…

 奴らと何が違う…

 なぜ躊躇った?

 いや…俺が躊躇ったのか?


 俺は、この夜、初めて『スライム』を『奴』と呼んだ。

 それは、それまで存在を認識していながら奴らを異質な存在だと思っていた。

 俺は、この夜、初めて『スライム』を受け入れたのかもしれない。


 知らぬ間に生活に入り込んでいた『スライム』呼称された新種の生物。

 拒絶していたんだと、今、知った。

 俺は、奴らを受け入れた…


 奴らは、この世界に放たれた『侵食者』

 この惑星が産んだ最後の…そして最もシンプルな生命


 食って…増える…ただそれだけ。

 シンプルだけに、最も恐ろしい生物。


 きっと俺達は、どれほど足掻こうと、奴らを駆逐することはできないだろう。


 全てを食いつくした後…きっと、こいつ等は自壊する。


 あの日、変わったのは、この国だけじゃない。

 きっと、あの銃声は…この惑星をも変えたのだ。



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