第13話 地図

 一瞬、頭がクラッとした。

 記憶が紙屑のようにクシャッと丸められたような感覚。

「だいじょうぶですか~」

「あぁ…問題ない…」

「あの…ボトムズさんですか?」

「ボトムズ…さん?」

 俺の表情が一瞬強張る。

「あぁ…ごめんなさい」

「いや…いいんだ、ボトムズだしな」

「うん…マフィアには見えないし、此処にいるってことはボトムズさんだよね」

(ボトムズに「さん」を付ける奴は初めてだ…)

「あぁ…遅れちゃう…呼ばれてるんだ…じゃあね、ぶつかってごめんなさい」

「あぁ…」

(専属娼婦か…)


 金で買われた女達

 蔑むべき職業という点では『ボトムズ』と同等…だが、若い女が最も就き易い職業でもある。

 必然的にその数も多くなる。

『専属娼婦』は、ある意味では恵まれている。

 街の娼婦などに比べ、格段に扱いがいい。

 その寿命が短いと知りつつも、娼婦は『専属娼婦』に憧れる。

 時代が刹那的だからだろう…長く地べたを這う様な生活よりは、儚くても贅沢な生活を望む女性も多いということだ。

 その容姿に恵まれていれば、そのチャンスが訪れる確率があるのだ。


 彼女も容姿に恵まれていた。

 どこか染まりきっていない感じが、あどけなさを残しているような、どこか普通な感じがした。


 それでも彼女は『専属娼婦』だ。

 どこかで買われて、此処で飼われている。

 それだけの女性だ。


 俺には関係ない…


 同じ底辺に暮らす者だが接点は皆無なのだ。


 後、何日かすれば雨も止むだろう、止めばまた…俺は出撃する。

 雨の後は…死亡率が上がる。

『スライム』が活発になり数も増える。


 霧雨残る夜、俺のスマホに出撃のメールが入った。

(今夜か…まだ雨が上がりきっていないのに)


 相変わらず、死んだような顔の『盾』

 今夜は7名、揃えたようだ。

(それだけヤバイってことか…)


『ボトムズ』は3名が1チームになって4組、各チームに『盾』が7人。

 トラックの荷台に7名の『盾』を押し込むように積み込んで、俺達はトラックに乗り込む。


 現場は思ったより近かった。

 それだけ街に『スライム』は近づいていたということだ。

 だから、霧雨の今夜、出撃を急いだということなのだろう。


 古いビルが立ち並ぶ寂れたというより荒んだ街外れ。

 ゴワゴワした軍服が霧雨でシットリと濡れて重く感じる。

 火炎放射器が肩に食い込むとジトッと水が滲む。


「嫌な夜だ…」

 静かすぎる街が不気味だ。

 ビシャッ…ビシャッ…ブーツで雨溜まりを踏みつけて進む。

『スライム』の確認ができない。

 イライラした『ボトムズ』が『盾』の背中を蹴り、前へ押しやった。

「早くサイリウムを使え!!」

『盾』が1人サイリウムを翳し、俺達の50mほど前を歩いて行く。


 ビシャッ…

 俺の横にいた『ボトムズ』が『スライム』に包まれた…

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