死刑執行3分前 ~3分間の奇跡~

@oshizu0609

第1話

(秘)無期限 法務省刑総秘第1000号


 東京高等検察庁検事長 三井森一


 西暦3000年11月20日上申に係る岩田純に対する死刑執行の件は、裁判言渡しの通り執行せよ。


 西暦3000年11月29日 法務大臣 郷原寛



 東京拘置所、ここに未決囚ではなく死刑囚として収容されている死刑囚・岩田純が刑務官によって刑場へと引き出されてきた。


「本日、君の死刑を執行する。だが君には死刑囚として最期の三分間法が適用される。ここに立会人である検事さんがいらっしゃる…」


 身柄を拘束され、椅子に座らされている岩田の前に立ちはだかる刑務官は横に立っている検事を紹介した。


「東京高検の検事さんだ」


「市川と申します」


 市川検事は死刑囚である岩田にも丁寧に頭を下げてみせた。


「君は8年前の12月24日のクリスマス、上祖師谷において一家四人を殺害、金品を強奪した…、殺人強盗の罪により一審東京地裁で死刑が言い渡され、二審東京高裁での控訴審で弁護側、つまり君の控訴は棄却され、最高裁でも上告棄却、死刑が確定したわけだが…、君に最期のチャンスを与える。果たして君が本当に反省しているのかどうか…、君の胸のうちを聞かせて欲しいんだ。もし反省していると、この検事さんがジャッジすれば、君は無期懲役に減刑される」


 刑務官が岩田にそう説明すると、市川検事もうなずき、「聞かせてもらえますか?」と実に柔らかい、諭すような調子で岩田にすすめた。


 勿論、岩田は藁にもすがる思いで反省の言葉をつむぎ出した。


「俺…、本当に反省しているだようっ」


「どう、反省しているのですか?」


「決まってんだろっ!殺すんじゃなかったって…、もうずっとだよ…」


「何がずっとなんですか?」


「被害者の声がさ、断末魔の悲鳴、ってやつか?そいつが聞こえねぇ日はなかったよ…」


「ですがあなたは無慈悲にも四人を殺害した…」


「それはっ…、羨ましかったんだよっ」


「何が羨ましかったのですか?」


「幸せそうだったからさ…」


 岩田は強盗殺人を引き起こす前は自動車整備工場で派遣社員として働いていたが、派遣切りにあい、事件当時は一文無しの状態であった。


「なぜ幸せだと?赤の他人であるあなたに分かったのですか?」


「みかけたんだよ…」


「何をみかけたのですか?」


「幸せそうにしてる二人の子連れの主婦をさ…」


「どこで見かけたのですか?」


「近所のケーキ屋でさ…」


 岩田が借りていたアパートもまた事件現場からそう遠く離れていないところにあった。


「それでどうしましたか?」


「その後を…、二人のガキを連れて主婦の後をつけたんだよ…」


「何のために、ですか?」


「むちゃくちゃに壊してやりたかったんだよ…」


「何をむちゃくちゃに壊してやりたかったのですか?」


「俺とは違って…、幸せそうなあの主婦、いや、家族ごとグチャグチャにしてやりたかったんだよ…」


 岩田は今でも被害者に理不尽な憎悪を抱いているのか、憎悪の表情を浮かべてそう言い放った。それにしても妬みが動機にあったとは、調書にもないことであった。


「それで一家皆殺しにしたわけですか?」


「そうだ…、グチャグチャに…」


 現場には踏みつけられたケーキの痕もあったが、あれはそういう意味もあったのか…。


「妬みから理不尽にも尊い四人もの命を奪ったあなたが、本当に反省しているのですか?」


「ああ。反省しているよ。本当に反省していんだっ。だから助けてくれよっ、検事さんっ!」


 岩田は拘束されながらも身を乗り出そうと必死であった。


 その時、いつの間にか用意したらしいタイマーが鳴った。


「ちょうど、3分経ったようだ…」


 刑務官がタイムアウトを告げると、市川検事に尋ねた。


「いかがです?岩田純は本当に心の底から反省していると思われますか?」「


 刑務官にそうたずねられた市川検事は難しそうな表情をして考えるそぶりを見せた後、「反省していますね」と答えた。


「岩田純は反省している…、私にはそう見えます」


 市川検事は断言した。


「そうですか…、分かりました。それでは岩田純を無期懲役に減刑します」


「そうして下さい。それと無期懲役囚となりました以上、いつまでも拘置所に留め置くわけにはいきませんので、私はこれより直ちに法務省に戻りまして刑務所への移送の手配をいたしますので、それまでの間、彼を個室へと留め置いて下さい」


「分かりました」


 こうして無期懲役に減刑された岩田純はそれまで死刑囚として収容されていた独居房とは別の、やはり独居房へと連行された。そこで刑務所へと移送する手続が済むまで留め置かれるらしい。


「それじゃあ大人しく待っているんだぞ」


 刑務官がそう言うと、ドアを閉めた。岩田は独居房に一人、残され、そして暫くしてから自然と笑いが湧き上がった。


「まったく、馬鹿なやつらだぜ…、俺が本当に反省してると思ってのかよ…」


 岩田は思わずそう呟いた。


「反省なんてしてるわけねぇのによ…、検事も世間知らずの坊っちゃんだよな…」


 岩田はそうも呟いたその時であった。突然に独居房の扉が開かれた。扉の向こう側、廊下には刑務官とそれに法務省に戻ったはずの市川検事の姿があった。


「てっ、てめぇ…、法務省に戻ったんじゃねぇのかよっ!?」


 岩田は心底から驚いた。市川検事はそれには答えずに、「モニターさせてもらっていたよ」と笑みを浮かべながらそう告げた。


「モニターだと?」


「ああ。この独居房での君の様子、ずっとモニターしていたんだよ。きっかり3分間ね」


「それじゃあ…、最期の3分間法ってのは…」


「ああ。死刑を免れた死刑囚が見せる本当の姿を探るための法律なんだよ。そして大抵は…、いや皆、君のような姿を見せるんだよ。反省などしていない、鬼畜な人間性をね…、さぁ、刑務官殿、彼を刑場へ…」

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