第48話
「しかしながら、持っている物は決して悪くはないのです。先日宿題としました刺繍などは、初めてにしては上出来でございました」
「ほう?さようであるか?」
大神様な上機嫌でお聞きになられた。
「さようにございます。ただ、やる気が無いのでございます。やる気が……」
紫蘭は夜迦を見て、これ見よがしに言った。
「ああ、そうであろう?そうであろう……。夜迦よ。持っておる物は良いのだから、真剣に修行を致せよ」
大神様は紫蘭の機嫌を損ねては……と夜迦に言われる。
「うん。頑張るよ」
素直に返事をするが、本気がどうかは物凄く怪しい。
「今日は何処へ行って来たんだい?」
大神様が腰に回した手を、握りながら聞いた。
「それは畏れ多いお方の所に……」
「大神様よりもかい?」
「夜迦よ。私は然程偉くはないのだ」
「うん。だから、私は大神様が大好きなのさ」
相変わらず〝しおらしい〟の〝し〟の字も無く言う。
「……大好きなのか?」
大神様も相変わらず、恥ずかしげも無く言われる。
「あ!違う違う。私は大神様を、心より愛しておるのです」
一瞬、涼夜迦が言ったように思えた。
大神様は静かに微笑まれて、夜迦を抱き寄せられた。
「どちらでもよい。其方は其方……。涼もおればやか様もおられる。それが其方なのだ……」
「何を言っておいでです?」
「唯一無二の其方を愛しておる……と申したのだ」
夜迦は頰を少し赤らめて、大神様を呆れ顔で見つめた。
「大神様は、お会いした時から、恥ずかしい事を言うね」
「其方がおれば、口から出て参るのだ」
大神様は至極大真面目に仰っるから、聞いている夜迦だけではなく、先程からお側に居る紫蘭まで恥じ入ってしまう程だ。
すると大神様は上機嫌なご様子で、それはご立派な青龍に成られた。
「あっ!夢に出て来た青い龍だ」
夜迦は歓喜の声を上げた。
そんな夜迦を尻目に、大神様は夜迦を背に乗せて、天空へ昇って行かれる。
「夜迦よ。これからは毎日でも、其方を乗せて天空を散歩致そう……。そして其方が望めば、虹も星もとってやろう」
「えっ?虹とか星かい?大神様、そういう物は、遠くから見ているのがいいんだ、手に取る物じゃない」
「そうであるか?」
「そうだよ。何でもできるお方は、本当のところを知らないから困りもんだ」
「本当のところ?」
「手に入らない美しささ」
夜迦は天空の風を受けながら、それは楽しそうに言った。
「さようか……」
大神様は暫し考えられ、そして白い雲を悠々と蹴散らして、青い天空を泳いで行かれる。
「夜迦よ。子を作ろう」
大神様は眼下に広がる、中の原をご覧になられながら言われた。
「えっ?」
さしもの夜迦も、唖然として聞いた。
「
「そんなに、かかるものなのかい?」
「もしかしたら、できぬかもしれん。だが、それは大神の定めゆえ、其方の所為ではない事だけは、シカと覚えておいて呉れよ」
大神様は真剣に言われた。
「子は授かれば儲けものだ。育てば尚儲けものだ……」
夜迦は大神様に、しがみつく様にして言った。
「私は乱世を見て来たから、そういった道理は厭って言う程知ってる。だから、そんなに深刻に考えないから大丈夫」
夜迦はにこやかに笑むと
「やか様の轍は踏まない」
と大神様に言った。
「私はあんたの〝もの〟だ。大神様が失せろと言わぬ限り、お側を離れない。仮令、他の妃様を望まれてもだ」
「それは無い。私は其方しか欲しないのだ、太古の昔から……」
大神様は、それは真剣に言われた。
夜迦は大神様の首に手を回して、しがみついた。
「私だって大神様しか……」
夜迦は大神様に囁いた。
大神様は背に愛する夜迦をお乗せになって、それは楽しげに天空を自由気儘に泳いで行かれる。
昔々女子に全くご興味の無かった大神様は、今は愛する者の為に生きて行かれる。それはそれは気が遠くなる程の
…… 終 ……
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