第47話

「其方の生涯とな?」


 大神様は大きく頷かれた。それも重々しく。


「生涯は生涯だ。塵となって妻は私の一部となり、新たに生まれ変わって来たら、再び探し当てて妻にする。その時は此処に連れて来る事も可能だが、あれが望まねば、私はあれを二度と此処に召さぬと心に誓っておる」


「それは面白いな。確かに果てしなく永い生涯である……そんな生涯であるを、考えた事もなかったが、考えてみるは面白いやもしれん。我らは永遠に近い生を得、そして全てを残して代を替えるが、どの道持って生まれる〝物〟は変わらぬ。再びそれを持って時を経て誕生致す……。確かに果てしなく永い生涯よ……」


「さよう、我らの生涯は果てしない……その果てしなく永い生涯を掛け、太古様が思い描いた、其方の様に美しく、そして私の様に強固なる子を必ずや残す。だが此処に在っては、欲張ってはならぬ。これだけは肝に銘じられよ。此処に在っては、欲張ってはならぬのだ。つまり、我らは欲を持ってはならぬ存在なのだ」


「……………」


「天の大神、私は其方と対を成す、ゆえに今も先々も其方に従う。ゆえに、呉々も誤ってくれるなよ」


 大神様のお言葉に、天の大神様は微笑みを持って返された。


「私は其方と違い軟いものでできておる、ゆえに決して間違いなど起こす様な事は致さぬ。何故ならば、この身が誤ちに堪えられぬからだ。だが、此処では欲を持つな、とは思いもかけぬ言葉だが、確かに……。根元様が見ておいでであらば、一理ある……」


 天の大神様は大きく頷かれた。


「我が妻が言った言葉であるが、考えてみたらその通りである。ゆえに互いに肝に銘じよう……。天意は欲をかくを嫌う。だが、我ら大神が誰かを思うは気になさらぬ……」


「実に不可思議なお方よ」


「確かに……」


 大神様おふた方は、天を仰いで思いを巡らされた。


「……さて、そろそろいとまと致すか……まだ暫くはお隠れなさるか?」


 大神様は、表情を和らげて言われた。


「うーむ。暫し其方の様に、何かの代役でも致すとするか?」


 天の大神様も、スッキリとしたにこやかな表情を作られて言われた。


「なるほど。私は龍神の役になっておって、妻と逢う事ができましたぞ」


「龍神か?其方ならば似合うが、私には似合わぬな……ならば、麒麟などどうであろう?」


「ほほう?それは美しい、麒麟となりましょうな?」


 大神様は笑顔をお見せになられて、天の大神様のご寝所を後にされた。




「あっ!大神様」


 夜迦は紫蘭の元に、女子修行を毎日しに来ている。

 余りに大神様の妃たる意識が薄いので、紫蘭からそれは厳しい指導を受けているが、なかなか〝お淑やか〟というものに縁がないらしく、全然向上する気配もない。


「ああ大神様……」


 紫蘭は嘆息を吐いて言った。


「紫蘭よ。そう躍起にならずともよい。夜迦はこのままで充分である」


 大神様は夜迦の腰を、抱くようにされながら言われた。


「大神様。甘やかすのはおやめくださいまし。夜迦は正真正銘の、大神妃なのですよ。それなのにこのような有様では、お目付役の私の面目が立ちません」


 紫蘭は大真面目で言うが、大神妃のお目付役などという役を、命じた覚えはない。

 第一〝大神妃〟と言いながら、〝夜迦〟と呼び捨てではないか!

 大神様は言いたい所だが、紫蘭は怖いので何もお言いになれない。


「解った。其方の意のままに、夜迦を躾けて呉れ」


 こう言うのがやっとだ。

 とにかく大神様が拗ねたり、ぐじぐじとご寝所に籠られたりすると、出張って来ては脅すから、それは尊い大神様とてタジタジだ。

 さすがの大神様も、紫蘭には敵わない。

 幼少の砌からお目付役、養育係の白蘭よりも敵わない……というより、白蘭が紫蘭に頭が上がらないのだから、大神様が勝てるわけがない。

 



 



 






 

 

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