第44話

 ……ただ解った事がある。かの方やか様は、あの圧迫感のある場所で、太古の大神様からのお情けを頂いた。それは誰も堪えられぬ程の、重圧だったと夜迦なら解る。それでもあの方は、女の業だけで堪え抜かれた。その気力と愛情は、きっとこの先真似をできる者は現れないだろう。あの方は、ただ女の業だけで堪え抜かれたのだ。愛した方の子供が、純粋に欲しいという〝業〟。その為ならば、死よりも堪え難い事ですら、堪え抜かれる計り知れない精神力と、何処までも深い愛情をお持ちだった……それが仇になる程の、太古様に対する愛だ……


 寝所に入った夜迦は、大神様の妃として知らしめられたが、


「とっくにみんな知ってる事なのに、如何して今更?」


 と言ってみたり


「やる事やってないのにいいのか」


 と相変わらずの言い様だ。

 挙句の果てに〝妃〟なんて嫌だと言い出す始末で、大神様のお側役の白蘭の頭を悩ます事となった。


 全くもって夜迦はこんな具合だが、大神様は夜迦がまだ幼くて、よかったと思われている。

 夜迦は幼すぎて子供の事など頭にないから、だから、あの極限状態の時にああ言えたのだろうと思っている。

 もしも、あの時夜迦がああ言ってくれなければ、大神様は途方にくれ、そして夜迦の言葉をいろいろとぐじぐじと考えて、お悩みになられていたであろう。

 太古様とやか様の事をあれこれと悩まれているから、お心がすれ違う事になったかもしれない。

 まあ、夜迦が夜迦だから、おとなしくすれ違ったままでいるとは思えないが……。

 だが、夜迦がきっぱりさっぱりと言ってのけてくれたから、だから、夜迦の気持ちがストレートに理解できた。

 言葉は汚いが、あっさりとして解り易い。

 大神様の様なお方は、夜迦の様に解り易く言わないと、意外とお解りにならないから、大神様は本心から思われた


「夜迦でよかった」


 と……。


 夜迦は大神様と暮らす為に、神山の頂きにある屋敷に引っ越す事となった。

 此処はかつて、大神様が涼夜迦と蜜月時代をお過ごしになられた所だ。さすがに白蘭は大神様に、別に新居を建てる旨を進言したが、大神様はそれをお聞き入れになられなかった。


「白蘭よ。夜迦は夜迦であるが、涼でもあるのだ……」


 またまた何時もの如く、訳のわからない事を言われる。が、大神様だけは確信されている。涼夜迦は夜迦の中にあって、今も深く愛してくれている……そして夜迦の瞳を通して、毎夜大神様を艶やかに誘ってくるのだと……。




 大神様は寝所の中にある、幾つかの空間の〝道〟を歩いておられる。

 その〝道〟は大神だけが通れる〝道〟だ。

 願えば何処にでも続く空間だ。

 大神様はその〝道〟を通って歩かれた。

 すると彼方で、煌々と輝きを放つ場所を認めた。


「大神……」


 大神様はそう言うと、輝きの前に立った。


「よく来られたな」


 光は少し輝きを抑えて、それは美しい大神を現した。


「さすが、誰が居らずとも、その様に輝き光っておるとは……」


 と、呆れる様に言われる。


「なに、自然と輝くのだから致し方ない」


 そう言って笑われた。瞬間に後光が差される。


「珍しい所からお出でであるな?」


「お隠れになられて久しいゆえ、此処を来るしかあるまい?寝所の入り口で騒いだ所で、知らぬフリをされましょう?」


「さすが対を成す大神よ。私の事はよくご存知だ」


「もっと知っている事があり参ったのだ」


「はて?」


 大神様は天の大神様をジッと見入られた。

 天に輝く天照様に負けぬ美しさは、天に在るものだからだろうか?

 白く輝くそのお姿は、同じ大神であっても目眩がするほどに神々しい。

 かつてこのお方の美しさが最も苦手であられたが、今や天照様にもそしてこのお方にも動ずる事はない。



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