第43話

 すると太古様は薄っすらと笑みを作られ、紫苑にお近づきになられた。そして力強く紫苑の腕を掴んで引かれた。

 そして抱き上げられると、スッと姿をお消しになられた。

 紫苑は夢心地で、長い事お慕い申し上げてきた、太古様の胸に抱かれて寝所の入り口にやって来た。

 やか様の代わりを、今度は自分がする。

 この偉大なる尊い太古様から有り余る愛情を受け、愛情以外の物も与えられる。

 お子を頂けば大神の生母となる。

 大神の力は絶大だ、その母ともなれば神ですら平伏す存在となれる。

 入り口を入る時、紫苑は嬉しさに太古様にしがみついて、幸せを噛み締めた。

 中に入ると其処は暗くて、太古様が立たれると後光が輝いて、辺りをも明るくした。

 光りに映し出された紫苑は、嬉しさの余りに蕩けるような表情をしていたが、直ぐさま目を見開いて太古様を凝視した。

 苦痛に顔が歪んで、それは見るに堪えない形相となった。

 次の瞬間、紫苑は太古様の腕の中で、身体を歪める様にしたかと思うと、バッと血飛沫を放って一瞬にして粉々に飛び散った。


「誰も知らぬのだ。大神が許せば中に入れる。だが、女であれば私が愛しておらねば、一瞬にして押しつぶされるのだ。大神で無い限り……」


 大神様は、血だらけになられたそのお顔を、酷く歪められて小さく呟かれた。


「其方の一言がなければ、私はくだらぬ夢を見なかった。子など大神たる私にはどうでもよいものなのだ……只やかが願っておると聞いたから、だから、が手っ取り早いと思うたのだ。深くは考えなんだ……。只やかの子を見たかったのだ……さぞ美しかろうと……只その子に何かを、与えたかっただけなのだ……。それが為に欲したのではない……やかが為に欲したのだ……それ以外に何があると言うのだ……」


 太古様は突っ伏して、声をお出しになられて号泣された。

 神々しく光り輝きながら、その光は悲しげに揺れ動いて、光と影を作って太古様の悲しみを浮き上がらせた。

 宇宙まで続く空間の中……。




 夜迦は大神様の腕の中にいる。

 大神様は仰向けに横たわられ、夜迦を抱えたまま天井をご覧になられて、手を擡げて平手を大きく広げられた。

 すると夜迦の寝室だというのに、大きく広い空間にキラキラと輝く星々を映し出された。


「ご寝所の中の様だね……」


の事は覚えておるのか?」


「当たり前だよ。何にも無くてがらんとしていて、もの凄い圧迫感だった……」


「さようか?」


「さすが大神様だ。あんな所で鎮座されたり、寝たりできるなんて……」


「其方は嫌だったか?」


「彼処で一緒に暮らせと言われたら、何時迄も此処で大神様を待ってる」


 大神様は、覗き込む様にして微笑まれた。


「私と一緒に暮らせぬともよいのか?」


「大神様は通って来てくださるだろう?それで充分だ。彼処は多くを望む所じゃない。だって、大神様は多くを望まれないもの……」


「………………」


「だから、大神様なんだろ?私は大神様が好いてくれれば、それでいい、それ以上望んだら罰が当たる」


「夜迦よ。何故あの時ああ申したのだ?」


「あの時?……ああ。彼処は、私が大神様に、お情けを頂く所じゃない……そう思ったんだ」


「夜迦よ。彼処は……」


 大神様が言いかけると、夜迦は大神様の唇を摘んで、少し引っ張った。


「大神様だけが知っていればいい事だ。やか様は余計な事を聞いて、余計な事を考え過ぎた。私だったら、どんなに思っている方の為だって、考える事ができない。あんな風にしちゃうかもしれないけど……考える力が無いって案外いい時もあるんだね?」


「……では、ずっと考えるでない。これからの長の年月、何も考えないで呉れ」


「お安いご用だ」


 夜迦は言葉通り何も考えない。

 長の年月がどれ程長いか……。

 果てしなくどれ程のものなのか……。


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