第42話

 やか様は宝石の様な涙を、白い頬に流された。


「わたくしがお慕い申したが、いけなかったのでございます。わたくしが差し上げられるは誰にも負けぬ貴方様への思い……そう……それだけでございますのに、わたくしは自惚れていたのでございます。それが貴方様のお望みと……。貴方様のお望みはわたくしと同じだと……。貴方様はこんなにも偉大で尊いお方でございますのに……」


「やかよ!違う!違う……」


「わたくしは貴方様に、なに一つとして差し上げられません。ならば、わたくしはわたくしを失くして差し上げます。さすれば、貴方様は、望みの物を与えてくれる者を選べましょう?不甲斐ないわたくしの代わりになる者を、お選びくださいまし……」


「違うやか!止めよ、止めよ!私は其方と私の子が……美しく猛々しい我が子を見たかったのだ。其方の思いを、只叶えてやりたかっただけなのだ……其方の他には何も要らん、其方の他には無意味なのだ……ただ無意味なのだ」


「大神様……何も差し上げられぬ、わたくしをお許しくださいませ……お望みの美しく猛々しい、お子を残せぬわたくしをお忘れください」


 やか様はそう言うと、天を仰いでそのまま神泉に身を投げられた。

 偉大なるお力をお持ちの太古様だったが、神泉の渦の勢いはそれは物凄く早く、威力は想像以上の物だった。

 神泉に青龍と化して、それは素早く飛び込まれた太古様ですら、やか様の手を取る事すら、身を抱く事すらされぬ位に、あっと言う間にやか様を呑み込み、二度とお姿を浮かべる事は無かった。その骸すら浮かび上がらせる事は無かった。

 

 太古様の嘆き様は、それは激しくそして長く続いた。




 太古様は、やか様とずっと暮らしておられた、頂きにあるお屋敷で、悲しみにくれておられる。

 来る日も来る日も、やか様が施した龍の刺繍の、藍色の衣を纏われて泣き明かしておられる。

 眷属達も神々様ですらお会いにならずに、只泣いておられる。

 只紫苑だけは、太古様の身の回りのお世話を許された。

 ゆえに紫苑は、甲斐甲斐しくお世話をしている。


「大神様、その様に嘆かれては、お身体にさわります」


「私は大神ゆえ、如何ともならん。それよりも、其方は如何しておるのだ?」


「私はやか様にお仕えした、侍女でございます。大神様が、お側に居る事をお許しくださいました」


「さようであるか?」


 太古様はそう言われると、紫苑をまじまじと見られた。


「其方はあの時の……」


 そう言われると、少しお顔を歪められた。


「其方は私に、やかが子を欲しがっておると申したな?」


「はい」


「やかは真に、そう願っておったのか?」


「願わぬ女子はおりません。只大神様のお気持ちに、添われていただけでございます」


「さようか?ならば何故、あのような事となったのだ?」


 紫苑はずっとお慕いしていた、太古様のお顔をジッと見つめた。


「お妃様は、に召されたのに、お子がおできにならずに、失望されたのです。ご自分をお責めになられたのです……ですから、大神様のご希望に添えるとお考えになられたのです」


「それは、如何いう事だ?」


「ご自分が亡くなれば、大神様は別の者に孕ます事ができると……」


「それは如何いう事だ?」


 太古様は、尚一層とお顔を歪められた。


「大神様の後を継ぐお子様を生む者を、新たにお選びになられる……と……」


「大神の後を継ぐ子だと?」


 太古様は大声を出して言われた。


「やかはそう申したのか?」


「いえ……そこまでは……」


「其方は子の事を私に告げるが、は其方の思いか?それともやかのか?」


 紫苑は悪怯れる様子もなく、太古様を見た。


「私の思いにございます」


 そして、今迄の思いを告げるべく言った。


「其方はに行きたいのか?孕みたいのか?」


 太古様は、それは厳しい表情を作られて言われた。


「はい」


 紫苑は即答した。

 

 

 

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