第41話
「それでは大神には、野心はないか?其方を使って野望を果たそうと致しておらぬか?」
やか様は、それは美しい黒目をくるくると微かに動かして、女神様をご覧になっている。
「女神様、わたくしには、その様な事は解りませぬ……大神様は、只々お優しくわたくしを、愛おしんでくださいます。ただそれだけにございます。その他の事など考えた事もございません……」
女神様は、それは美しくお笑いになられた。
「さようか……さようであろうな。あの堅物の大神が、それ以外の事で、其方を召すはずはない」
尊く神々しい女神様は、そう言われると再び燃える様な光りを放って、天空にお姿をお消しになられた。
やか様はそのお姿をお見送りしながら、気が遠くなられそのまま気を失われた。
どの位時が経ったのか、やか様は侍女の紫苑に、神泉の水に浸した手拭いで、顔を拭いて貰って目覚められた。
「どうされたのです?」
「紫苑……其方、大神様を慕っておろう?」
やか様の言葉に、紫苑は開き直って、主人たるやか様を見た。
「はい。お慕い申しております」
「其方ならば、大神様にお子を、差し上げられるやもしれぬな……」
やか様は憂いを帯びた、それは哀しげなお顔を作られて言われた。
太古様はまだお戻りになられない、やか様はお屋敷の窓から、毎日形が少しずつ変わる月をご覧になりながら、藍色の衣に刺繍を施された。
ひと針ひと針と、思いと愛を込めて針を刺された。
そして、偶に夜空を見上げては、その星々達の輝きに負けぬ、美しく輝く瞳を潤まされた。
「わたくしは無能な妃でした。大神様のお望みの物を、何一つとして差し上げられぬ……。何時も何時も、ただ与えて頂くだけの……」
大きくため息を吐かれ、そして宝石のような涙を流された。
暫くして太古様は、それは嬉しそうに戻って来られた。
「やかは?やかは如何致した?」
太古様は直ぐにお目に留めたい、愛しい妃が屋敷に居ない事に、少しのご不満を持たれた。
「神泉の花々を、愛でにお行きでございます」
紫苑は畏まって言った。
「……であるか?」
太古様は紫苑を認める事すらなさらずに、姿をお消しになられた。
「やか、今戻ったぞ」
神泉を覗き込まれていたやか様は、太古様のお声をお聞きになると、お美しいお顔をお向けになられた。
太古様は直ぐにやか様を抱くべく、お側にお寄りになられたが、やか様は、太古様の腕を避ける様にすり抜けられた。
「やか……」
太古様は、やか様が今までに見せた事もないご様子に、ただ吃驚されて佇まれている。
「貴方様には、野心がお有りになられたのですね? わたくしはそれを知りませんでした……わたくしが欲するがゆえに、御身も欲するのだと言われました、わたくしはそれを信じていたのです」
「何を申しておる?私に野心など……」
大神様はハッとされた。
「あれは……。あれは、只そう思い浮かべただけだ。其方が産む、美しく猛々しい神が統治致す中の原を、想像しただけだ。美しく猛々しい我が子が……」
「ほらご覧なさいませ!貴方様は子を儲けるが為に、私をお選びになられたのです。〝彼処〟に連れ行き、孕ますが為だけに……」
「そうではない、私は……」
「貴方様はただ子孫を残したかったのでしょう?己が野望を果たすが為に、ただそれだけの為に、貴方様がお望みの地を統率したいが為だけに……お怨み申します。私は全てをお捧げしたのに……身も心も……全身全霊をかけて、愛をお捧げしたのに……。私はこの思いを知らしめる為に……貴方様に知らしめる為に、生まれ変わりましても、貴方様の〝女〟であった証しに〝夜迦〟の名を名乗りましょう。如何様に蔑まれようと、貴方様のお仕打ちには敵いませぬ……天上天下にこの身が貴方様の〝妃〟と知らしめられました。貴方様がお望みの〝もの〟を差し上げる事ができず、お役に立てない役立たずな〝妃〟でございました。名ばかりの〝妃〟でございました。が、この私の思いは決して嘘ではなかったと、永遠の誓いで貴方様に知らしめましょう。私は〝夜迦〟の字を名乗り、そして永遠に貴方様への愛を知らしめます」
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