第39話

 大神様は早くからお出ましになられ、ずっと夜迦との時間を惜しむ様に過ごされた。

 その日、神山の頂きにあったという、太古様のお屋敷跡に夕日を見におふたりで行かれた。

 夕日はそれはそれは燃える様に、天を真紅に染めた。

 大神様は、夜迦の手をきつく握ってお離しになられなかった。

 真っ赤な空が少しずつ色を変え、そして夜空と化しても、握った手をお離しにならずに、ずっと動こうともされなかった。

 夜迦は大神様の、その力の入った手を見つめた。


「大神様……月見もして行くのかい?」


「其方がそうしたいと言うのならば、そう致そう……」


 大神様はそう言われて、天を仰がれた。


「ご寝所にはいつ行くんだい?」


「其方が行きたくない、といえばずっとここにおろう」


 大神様はまだお気持ちを、決めかねていらっしゃった。

 どうしても思い切れずにおられる。

 ご自身のお気持ちでありながら、何処か違う様な気がされて仕方がないのだ。


「……でも、いつかは行くんだろ?」


 大神様はその言葉に、顔つきをお変えになられた。


「あんまりいい事じゃなさそうだ……だけど、いつか行くんだったら、さっさと済ませてしまいたい」


「なぜそう思う?」


「大神様の様子が変だもの……バカな私だって解る。けど、するべき事だったら、早めに済まそう?私はグズグズするのは嫌いだ」


 夜迦はあっさりと、言ってのける。

 グジグジと思い悩んでいる此方が、呆気にとられる程に……。

 夜迦は大神様の手を握ったまま、大神様に抱きついた。


「……………」


「さあ、連れて行っておくれ」


 夜迦は笑顔を見せてしがみついた。


「其方は彼処に行った後も、そうして笑ってくれるだろうか?」


 大神様は、それは小さな声で言われた。

 泪ぐまれながら夜迦をきつく抱き上げ、スッと移動された。

 大神様は太古様と同じように、寝所の入り口を静かに夜迦を抱いたまま入られた。

 中は真っ暗だったが、大神様が立たれると、その神々しさで辺りが明るくなった。


「すげぇ……」


 無限に広がる空間を眺めながら、夜迦はため息を吐く様に言った。


「大神様は此処で寝てるんだね?」


「そうだ……」


 大神様は少し顔色を、蒼白くされて言われた。


「どうやって寝るんだ?」


 夜迦が笑顔を向けてくる。大神様は震える手を伸ばして、夜迦を捕まえられた。

 夜迦はびくりとすると、抗うことなく引き寄せられた。そして大神様の尊い唇をお受けしながら、静かに横たえられた。

 ふたりは激しく唇を吸い合い、大神様が夜迦の身体に手をおかけになられる。

 夜迦はいつもと同様に、大神様をお迎えすべく静かに目を閉じ力を抜いた。

 力を抜いたが……。


「大神様……どうか、どうかお許しください」


 急にそう言って全身に力を入れ、そして、大神様の腕をすり抜けようともがいた。

 大神様は吃驚されて、夜迦を覗き込まれた。


「愛してます。この身を引きちぎられたって構わない、此処で舌を噛めと言われたら噛みます。だけど……だけど、此処でお情けを頂くのだけは、それだけはお許しください」


 夜迦はポロポロと涙を流して、大神様に抗って言った。


「夜迦よ、夜迦!どうした?」


 幾度も身体を重ね合った夜迦に、激しく抵抗されて大神様は茫然とされた。


「此処でのは嫌だ」


 夜迦はそう言うと、大神様から逃れ様ともがく。

 大神様は、力を込めて夜迦を抱きしめられた。


「夜迦……」


 泪が溢れそうになる。

 失いたくない一心で抱きしめる。


「嫌だ!此処は嫌だ」


 それでも夜迦は畏れ多くも、大神様を殴って突き飛ばした。

 突き飛ばされた大神様は、成す術を持たれずに、泪を溜めて夜迦を見つめ続けられる事しかおできにならない。


「やはり召したが誤ちであったか?夜迦は私に失望致すのか……」


 すーと堪えられずに、一筋の泪を溢された。

 

 

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