第35話
「先ほど、怒ってはいないと申されました」
「うむ」
「……でも、怒っておいでです」
「うむ」
「…………」
夜迦は益々狼狽する。
「お許しください……」
夜迦は大神様に、縋りつく様に言った。
「ならば、二度と彼処には行くでない」
「彼処ですか?」
「彼処だ」
夜迦は、暫し考える素振りを作った。
「ああ!修行場ですか?彼処は紫蘭さんにも、きつく言われているので、二度と行きません」
「ならばよい……」
「彼処に行くと、ついつい調子に乗ってよく傷を作るので、紫蘭さんが凄く怒るんだ」
「なんと?彼処にずっと行っておったと?」
「はい」
大神様はそれはそれは不快な表情を、目一杯お浮かべになられた。
「あの傷は、あれらと共に訓練を致しておったからか?」
「はい……」
「しかしながら、其方は女子であろう?周りのもの……いやいや、上のものに気づかれはしなんだのか?」
「何を?です?」
「女子である事である……」
「……………」
「彼処は男神使の訓練所である。女神使は別の場所である」
「えっ?訓練の仕方が違うんですか?」
「いや、同じではあるが……男女七歳にして席を同じゅうせず、である」
大神様は真顔をお作りになられて、夜迦に言われた。
「なんと?大神様は、夜迦が鼻芯に会いに修行場を訪れたを、気を悪くされておいでなのか?」
紫蘭は白蘭から一部始終を聞いて、呆れる様に言った。
「はぁ……。大神様は、修行場で男神使に混ざっていた事までお冠だ。上のものが如何して、女子の夜迦を共に扱ったかと、それはそれは……」
「あれの立ち居振る舞いでは、女子かどうかなど、余程手慣れたものでなくば解りませぬ」
「そ、そうなのだ。それは筋の良い新顔と思っておった様だ」
「さもありましょう。今はこの前の事もあり、少しは殊勝に致しておりますが、女子の心得というものが、全くないのです……大神様がお冠ともなれば、修行場のもの達は災難でございましょう?」
「さすがに夜迦が夜迦なので、お冠だけですみそうだ」
「さすがに夜迦の事はご存知なのですね?」
「まあ……。動き易くする為、格好も男の様であったからな……はは……夜迦が悪びれもせず言うてくれたお陰で、それだけですみそうだ……」
「大神様も惚れた弱みと言うても、難儀な……」
「まさか、涼夜迦がああなるとは、さすがの天照様ですら予測されなかったのだから、致し方ない……」
「もう少し厳しく、躾けねばなりませんわね」
紫蘭の何かに火が付いた。
あの嫋やかで艶やかで、大神様を一瞬にして酔わせる涼夜迦となって、陶酔させていく。それは回を重ねる毎に判然と現れてくる。
そしてそれは時として、涼夜迦の〝それ〟とも違い、そして大神様の中の違う誰かを呼び起こす。
「お妃様……」
「紫苑わたくしは、お妃ではありません」
「何を申されます。大神様の唯一の思い
「それでもわたくしは、お妃ではありません、あのお方がお望みにならぬのならば、わたくしも望むものではありません」
それは美しいかの方〝やか様〟は、お側に仕える侍女の紫苑に言った。
「やか様はそう申されますが、私は悔しくてなりません。口では〝大神の妃〟とお呼びの癖に、誰一人として大神様に、ご進言される方がおらぬとは……」
「大神には前例がないのです。その呼び名すらただ、大神様に媚びを売るものの戯言です。紫苑、心優しい其方ゆえに、そう申してくれるのやもしれぬが、わたくしには真にどうでもよい事なのです、これ以上言ってわたくしを困らせないでおくれ」
「………せめて、お子様でもおできになれば、大神様のお子様の生母たるやか様は、お妃様におなりになられるのに……」
「まだその様な事を……」
やか様はジッと、考える素振りを作られた。
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