第32話

「確かに……」


 確かにそうだと大神様は思うのだが、何かが大神様の中で疼き初めている。

 これは、決して夜迦の為にはならぬと解っているのに、その疼きは大神様でも驚く程に大きくなっていっている。

 大神様は涼夜迦の轍を踏まぬよう、その疼きを制御されているが、如何しても流れはに行きそうで怖い。

 太古の方と同じ過ちを、犯そうとしているのかもしれない。



 地上の人々の乱世はまだ終わらない。

 世が乱れていれば、魑魅魍魎や妖や鬼達が闊歩する。

 奴らの悪しき〝気〟は、疫病となって人々を襲う。

 生き地獄が繰り返されている。

 夜迦は神泉を覗き込みながら、その地獄を見ていられなくなっている。

 神山の時は静かに流れているが、乱世の時は激しく刻んで行く。

 さすがの八百万の神様方はご協議の末、魍魎鬼妖退治を決意された。

 先陣を切るは、川底に在って人々の阿鼻叫喚をお聞きの龍神様、それに加勢されるは、太古様のご恩がある大神様だ。

 以前もその縁により、大神様は龍神様の役をなさり、涼夜迦を見初められたが、その時は太古様のご恩を知らずにやられた。が、今回はシカとご記憶にあられる。

 ゆえに自らのご出陣を、お約束なされた。


「鬼退治をするのか?ならば私も……」


 夜迦は意気揚々と大神様に申し出た。


「駄目だ!」


 無論大神様は一喝された。


「なぜだ?私の鬼嫌いはご承知のはず、ちっとやちょっとじゃ殺られない」


「鬼嫌いは重々承知しておるが、今回は以前の時とは違う。今回のような退治を、魑魅魍魎、鬼、妖等々疫病に関わる物達をひっくるめて、〝疫病退治〟と申し〝気〟が世の乱れと相俟って、強くなっておるゆえ、人間如きに如何にかなるものではない。足手まとい延いては、あのもの達の〝気〟を浴びては一大事、絶対に許さぬからな」


 大神様は珍しく、それは恐ろしい形相で言われた。

 言われたが、それを聞かないのが夜迦だ。

 涼夜迦ならば素直に聞き入れるものでも、夜迦は聞き分けが悪い。

 これは、鬼を恨んで死んだ為だろうか?

 翌日大神様は青龍に御身を変えられ、数百の眷属達を引き連れて、龍神様が待つ川底にお向かいになられた。

 そして其処で龍神様精鋭部隊と合流され、それは勢いよく川底から飛び出されて、魍魎鬼退治をなされた。

 魍魎達は予期せぬ襲撃に、逃げる間も争う間もなく退治されて行く。

 大神様は数匹の鬼を口に咥えられて、ある方向に閃光が放たれたのをご覧になられ、一抹の不安が胸に駆け抜けられた。


「大神様……」


 白蘭はすぐ様、大神様の元に頭を垂れた。


「今のは何だ」


 見ると夜迦が倒れ、その周りに数十の魍魎と鬼の屍が転がっていた。


「夜迦……」


「大神様、夜迦は辛うじて、鬼の〝気〟に当たってはおりませぬ……。我が配下の鼻芯が身を挺して、鬼の〝気〟より守りました」


「……して、鼻芯は?」


「多少〝気〟を浴びましたゆえ、ただ今神医に見立てて貰うております」


「大事はないか?」


「神使でございますゆえ、それなりの修行は致しております」


「ならばよかった……」


 大神様は横たわる夜迦を、唖然とご覧になられている。


「夜迦の閃光により、辺りの魍魎と鬼が目眩まされ、その隙に全て射ち殺しました」


 白蘭は大神様の激怒を恐れ、多少のお許しを頂くべく、夜迦を見て言った。


「……さようか?」


 大神様は呆れるように、身をもたげて此方へ目を向ける夜迦をご覧になられていたが、再び青龍と身を変えられて行かれてしまった。


「夜迦よ、少しは言うことを聞かねば、今に愛想を尽かされてしまうぞ」


 白蘭は、ため息を吐くように言った。


〝疫病退治〟は、先陣を切った龍神様と大神様達のご活躍と、後陣を守られた八百万の神様方のご活躍で、三日も経たぬ内に一掃され、天照様が子孫様に指針をお示しに成られて、一応の乱世の終わりを遂げた。

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