第三章 大神は恋に生きる

第31話

「夜迦よ。私は其方の額の刻印を、取ってやりたい」


「え?何です?」


 夜迦は額に手をやって聞いた。


「其方の額には〝夜伽〟という刻印が刻まれておる」


「別に触っても何もないけど?」


「それは、私と共寝をしたという意味だ」


「……だったら、そうなったのだから別にいいじゃない?」


「そうではない、夜迦よ。その額の刻印が其方の身に何かあらば、閃光を放ち助けてくれるのだが、その時その文字が煌々と浮き上がり輝くのだ」


「げっ!凄いね?さすが神様だ………」


「そうではない。共寝しておると、人々に公言しておるのだぞ」


「……だから、本当にそうなったんだから……」


「私は厭なのだ!」


 大神様は無頓着な夜迦を、抱き締められて言った。


「私が相手と知られるは厭なのかい?」


「……ではなくて、其方の愛らしい額に文字が浮かぶが、許せぬのだ」


「うーん?今もあるのかい?その文字?」


 夜迦はつぶらな瞳を向けて、ちまちまと拘る大神様に聞いた。


「今は無い。が其方の身に……」


「じゃ、いいよ。それとも、大神様と共寝する者は、皆んな付くのかい?〝夜迦一〟とか〝夜迦二〟とか?」


「ば、馬鹿を申すな!私の相手を致すは、其方のみである」


「……じゃ、特権だ。それに〝夜迦〟とは、生涯そのお方に捧げる……そういう意味があると、巫女様は言って付けてくれた名だ。住職とか見識のある方は、字を変えろと言ってくれたが、巫女様は尊い〝もの〟だから、恥じてはならぬと仰っていた。そうか……本当に尊いお方からの授かり物だったんだなぁ……」


 夜迦は……へへへ……と、額を撫でながら照れ笑いを浮かべて、大神様に抱きついた。

 夜迦は夜になると涼夜迦の様であり、太古様の思いびとの様でもあって、まだ幼さの残る少女の様ではなくなる。

 大神様を魅了し虜にする、その術を心得ているかの様だ。


「夜迦は日に日に美しくなるな」


 それは眷属達の話題となっている。


「大神様の思いびとであるのだから、当然だ」


 そう言って残念がるもの達も多い。


「あと三、四年もすれば、涼夜迦の様になろう」


 皆口々に言っている。

 ただ、美貌の方は向上しているが、立ち居振る舞いが、どうも進歩が見られない。

 紫蘭の元で所作の指導を受けているが、少しは良くなったものの、淑女のは到底身につきそうにない。

 今日も今日とて、梅林や桃林によじ登って、精霊様にしこたま叱られたり、若い神使達に混ざって武術の稽古をして傷を作ったり、さすがの紫蘭もそれには閉口だ。


「大神様のご寵愛の身体に、傷をつけるとは……」


 散々説教を喰らうが、全く聞く耳を持たない。

 呆れ果てた紫蘭は白蘭にその旨を溢すが、紫蘭が如何にもならない事を、白蘭ができる筈はないので、愛しい妻を宥めすかして、夜迦の教育をしてもらうしかない。


「夜迦よ。如何してこうも傷を作れるのだ?」


 毎日の事に、さすがの大神様も夜迦に言われた。


「好きな事をしていると、こうなってしまうの


 にこにこ笑顔で答えるので、大神様も致し方なく、毎夜毎夜その偉大なるお力で、傷を消しては嘆息をつかれる。


「其方この前、私の嫁になってもよいと申したな?」


「うん。もうなっているだろう?」


 臆面もなく言ってのける。


「そうではなく、大神の妃となるのだ」


「うーん?どこが違うか解らない?」


 傷を消して頂いた肌を撫でながら、頭を傾げてみせる。

 こんな様子はまだ子供だ。


「皆に公言致し、大神の妃として君臨するのだ」


「……それは、大神様と居る為には如何しても必要な事か?なら、そうする」


「いや……そうではなくて……」


「必要でないなら、今のままでいい。第一、私に妃など務まらない。側室とか妾とかでも別にいい。要は大神様のお側にいられれば、何でもいい……」


 夜迦は屈託のない笑顔を向けて言う。

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