第30話

 夜迦の瞳は、涼夜迦の瞳の様に潤んできらきら輝いた。

 大神様は魅了されてずっと覗かれた。


「其方を試してもよいか?」


「それって、私が生まれ変わりかどうか、お確かめになるんですか?」


「そうではない。私は其方を試してみたいのだ」


 大神様はそう言われると立ち上がられて、夜迦を抱きかかえられた。

 そして寝台に、夜迦を横たえられた。

 夜迦は大きな青い龍の幻想を浮かべながら、その綺麗な瞳を閉じた。


 美しく大きな青龍が天を泳いでいる。

 悠々とそれは壮観に、凛とした様子を湛え悠然と白雲を蹴散らしながら……。

 そして青龍は或る川の辺りの上空から、死装束に身を包んだ美女と目が合った。

 青龍は目を凝らして、川縁に座す美女に見入った。

 すると当然のことながら、美女もその美しくきらきら潤む瞳を、一心に向けて来る。

 青龍は川まで下りて、間近に美女をまじまじと見た。


「其方何をしておる?」


「はい。この身を捧げる龍神様をお待ちしております」


「ほう?龍神への貢ぎ物であるか?」


「はい。龍神様は貴方様でございますか?」


「いや。私ではないが、私は其方が気に入った。其方私と共に来ぬか?」


「わたくしは、龍神様への貢ぎ物でございますゆえ、貴方様と共に参る事は叶いません」


 貢ぎ物はそれは残念そうに、益々瞳を潤ませて答えた。


「うーん?其方は共に来たくはないか?」


「お共はしとうございますが、先にも申しました様に、わたくしは龍神様への貢ぎ物でございます。如何に貴方様が美しく凛々しいお方であろうと、お共は叶いません……」


 青龍は益々、貢ぎ物が気に入ってしまった。


「私は益々其方が気に入ってしまった。ならば、私が龍神と話しをつけて参ろう、龍神が其方を私に呉れたならば、其方は私と参るのだぞ」


 青龍はそう言うと、ドボンと大きな飛沫を上げて、川底へと姿を消した。

 暫くして青龍は物凄い勢いで、川から姿を現わすと美女を背に乗せて飛び発った。


「龍神様へのご挨拶は、致さなくてよろしゅうございましょうか?」


「よい。龍神への貢ぎ物という事は、雨を降らせと言う事であろう?」


 そう言うと、青龍が飛び発った飛沫が、雨となって地上に降り注いだ。


「向こう三年、作物が上出来になる程の雨を降らせよう。先ずは三日ほど良い雨をもたらしてやろうから、其方は安心して私と共に参るのだ」


「貴方様は、龍神様ではないのでございますか?」


「私は大神である」


「大神様であらせられますか?」


「さよう。私は大地の大神であるから、其方を遣わした労いに、あの辺りに温情をかける事と致そう。稲荷大明神にも使いをやり、豊作も約束しよう」


「まぁ?そんなにお慈悲をおかけくださいますか?有り難くも畏れ多い事でございます」


「なに……。其方を私に使わせた者と龍神には、私から心からの礼を贈りたい」


 青龍はそう言って、美女を背に先程同様に悠然と白雲を蹴散らしながら、颯爽と飛び去って行った。


 大神様は夜迦を抱いたまま、幻想の中に在って太古様の記憶を辿った。


 ……夜迦を愛するとお方達の記憶が、鮮やかに甦って来る。それは太古様の思いだろうか?それともかの方の思いだろうか?……


 だがそれはとても切なくて、それでいてとても懐かしく愛しいものだ。

 大神様は、大神様のかいなで眠る夜迦に口づけをされた。

 夜迦は少し目を開けて、大神様を見つめた。

 かの昔から夜迦の瞳は潤んで、そして大神を魅了した。


「不思議な夢を見てました」


 夜迦は、手慣れた素振りで甘えて言った。

 その仕草が涼夜迦そのものであった為、大神様は先程よりも強く夜迦の唇を吸った。夜迦は〝初めて大神様のお相手〟をしたとは思えぬ反応を見せて、大神様に確信を持たせた。


「涼……。…………」


「青龍が背に乗せて……」


「それは私だ、愛しいよ」


 大神様が耳元で囁やかれた時、夜迦は甘い声を発して大神様にきつく抱きついた。

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