第29話

 大神様は天の神殿を後にしながら、ふと思われた。


「さすがの天照も、太古様の封印には手を焼いたか?」


 封印を解いたものの、夜迦によからぬ事をしようとすれば、大神様ですら吹っ飛ばされてしまった。

 しかし、キスまではギリセーフというのも、なんとも天照らしい。

 いや……。は、思いを蘇らせる為のものか?

 こうして考えてみると、知略に富むは、確かに高慢チキだ。

 そんなが、気にしてやまぬ〝大神の寝所〟とは、本当に厄介極まりないものだ。

 大神様は今迄、就寝と鎮座以外の使い道など、考えた事もないというのに……。

 こう厄介にしたのは一体誰だ?


 ……天照は太古様が創った……


 と言っていたが、ならば他の大神に何故あるのか?疑問に思った事もなく使っていたが、大神以外の〝神〟と称するものにはない。

 確かに興味をそそられる。

 そそられるが、それ程突き詰めたいとも思わない。

 太古様は全てのものから、思いびとと寝所に関して消し去って逝かれたが、全ての中には、神も大神もその他尊きお方達もおいでであられたから、結局あの偉大なる大神でも、全ては消し去れなかった。

 独神の大神の女性スキャルダルは、好奇な目で見られるという事だ。

 大神様はかなりナーバスに考え込まれた。


 ふと天を仰ぐと、煌々と月が輝いている。

 かつて涼夜迦と愛でた天満月が、それは大きく輝いて、大神様の目を潤ませた。


「これは大神様……」


 白蘭は夜の大神様のお成りに、驚きを表してお迎えした。


「夜迦は如何致しておる?」


「それはそれは、大神様をご心配申しあげておりますよ」


 横から紫蘭が割り込んで、大神様に言った。


「さようか?」


 大神様はそう言われて、少し考え込まれた。


「大神様、せっかくお成り下されたのでございます。何卒一目お顔をお見せくださいまし、ああ見えては優しいところのある娘でございます」


「うーん」


 大神様は相変わらず、ウジウジと考え込まれている。


「ささ……」


 紫蘭はとにかく白蘭から言わせれば、不遜というかお節介というか、強引に大神様を夜迦の元にお連れした。


「夜迦!夜迦!」


「なんです紫蘭さん?」


 夜迦は、戸を開けて吃驚した様子を見せたが


「大神様、もう具合は良くなったのかい?」


 屈託なく笑って言った。

 それに反して大神様の方は、太古様の思いが蘇ったにせよ、余りに激しくお求めに、なられたものだから、ちょっと恥じ入るところがおありになる。


「別に大した事はなかったのよ……」


 押しの強い紫蘭に押されて、大神様は夜迦の寝所に押し込まれた。


「大事は無かったのだ。心配をかけた」


「ああ、良かった。あんなに大の男が泣いたを見たは、初めてだったから……」


 夜迦は明るく言うと、照れる様に部屋の隅に有る、テーブルの椅子に腰掛け


「あ……」


 と言うと、尊くも崇高な大神様に畏まって椅子を差し出した。

 大神様は徐ろに座られると、夜迦をジッとご覧になられた。


「大神様がご寵愛の……私と名前が似てる、おひとの事を思われて泣かれたんだろ?」


「何故知っておるのだ?」


「あ……紫蘭さんに……というより、大神様も白蘭さんも、私を見るなり……ほら……いろいろ違うって……だから、つい……」


「夜迦よ。其方は涼夜迦である」


「うーん?私が生まれる前の私なんだろ?ちょっとややこしくて、本当はよく解らない……」


 夜迦はそう言うと、ちょっと困った顔を作って笑った。


「だけど、そんなに好きなら、私でよければ嫁になってやってもかまわない。本当に生まれ変わりなら……」


 大神様は驚きの表情をお作りになられて、夜迦を凝視された。


「どうせ鬼にくれてやるつもりだったのだ。鬼でも神でも大差ない。それに、貴方様は、鬼を退治して村の子供達を助けてくれた」


 夜迦は悪びれる様子もなく言った。


「薬を飲ませて、首を掻き切るつもりであったろう?」


「ウッ、それを言われては……」


 夜迦は涼夜迦によく似た瞳を向けて、可憐に笑った。

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