第27話

 そして夜迦の唇を貪れば貪る程に、その思いは鮮やかにそして確かに蘇った。

 太古様は最期の最期迄、全てを消し去る事はできなかった。

 あの愛する思いびとが、他のものの手垢で汚される事が、如何しても許せなかった。

 ゆえにかの方の額に刻印を押され、何人たりと汚す事ができぬ様にされたのだ。


「深く深く、思っておいでであった……」


 大神様は至極神妙な面持ちで、しかし多少の安堵を浮かべて白蘭に言われた。


「大神様のご心痛が、如何許りか楽にお成りなされれば、何よりにございます」


 白蘭は畏まって言った。

 大神様は大きく頷かれて天を仰がれた。



「大神様がお出ましになられたは、何よりにございます」


 紫蘭はそう言うと、ホッと一息の白蘭に言った。


「しかし、今回は短くてよかった……」


「ああ……。刻印の件も太古様が非道にされた事ではなく、愛されるがゆえであったから落ち着かれたのであろう、何よりであった……」


「しかし、大神様にそこまで思われ、とことんお尽くしのかの方が、如何してその様な末路を辿られたのでしょう?その様に怨み事を遺されるとは……?」


「そこが私にも不思議でならぬのだ。永遠に太古様への愛は、お知らしめなさると言うに?」


「永遠にでございますか?」


「ああ……〝夜迦〟の文字を使い、大神様への思いは知らしめると……」


「お深い愛ゆえ憎しみもお深いのでしょうが……」




 大神様は再び神殿の天照様に会われていた。

 大神様は天照様ですら余程の理由がない限り、仰せがあれば目どおりをお許しにならない訳にはいかないお方だ。


「私は全てを蘇らせた」


 大神様は至極神妙な面持ちで言われた。


「なにを申されておる?」


「太古様の全てを蘇らせた」


 天照様は、顔色を少しばかりお変えになられた。


「其方は涼夜迦が閃光を放ったと申したが、その様なはずはない。太古様は最期の最期迄消し去れなんだ、かの方への執着で刻んだ刻印すら、消し去って逝かれたのだ。ゆえに涼夜迦が閃光を放つ事はなかったはず」


 大神様は、大真面目な面持ちで言われた。

 天照様は顔面を少しばかり歪められたが、直ぐに笑顔に変えられて、真顔の大神様をご覧になられた。


「その通り、涼夜迦は閃光など放ちはしなかった。が、汚される事はなかったはず。大神が天上天下に知らしめた者の生まれ変わりだ、たとえ身の危険があろうとも、ギリの所で汚される事はない。私はそう確信している」


「……ならば……何故封印を解いたのだ?」


「其方に全てを蘇らせる為だ……。私は太古の大神が、野心を抱いておったを知っておった。大神方は大概独神で、お隠れになる事が多い。ならば何故〝彼処〟がある?私はずっと疑問を持ち疑念を抱いておったのだ」


 天照様はとても美しいお顔を、大神様に向けられ、大神様はそのお顔を、怖気付く事なく凝視されている。


「名の如く、就寝いたし鎮座して地球宇宙からの〝力〟を得るためか?では何故、大神が妃を得天上天下に知らしめ、子を孕む場所と言い伝えられる?大神は全てを残して代替わりする。深い思いは確かに残るはず、だが代々残っている様子はなかった。其方に至っては、美しい者に怖気付く有様……。何故?残さなかった?私はを知りたかったのだ。太古は女をどうしたかったのか?〝彼処〟をどうしたいのか?……涼夜迦は、ああ見えてかなりの気性の持ち主、汚されると思わば其方への思いで意図も簡単に舌を噛み切る。ギリなど待たずに舌を噛んだ、それも鬼の指を噛み切り……だ。私が飛んで行った時には、噛み切った後であった。先にも申した様に、私はそんな涼夜迦に温情をかけ慈悲を与えた。〝彼処〟で子ができるかどうかよりも、涼夜迦の願いを聞いてやったのだ。そしてその時気がついた、涼夜迦の額に消されし〝もの〟がある事を……」

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