第26話

「如何致したのだ?」


 白蘭と紫蘭が屋敷まで届いた閃光に、驚いて駆けつけて言った。


「解らない。急に突っ伏して慟哭した」


 夜迦は驚きを隠せない様子で言った。



 再び大神様は、ご寝所に籠られている。

 毎度の如く白蘭は、幾度も幾度もお伺いを立てに出かけるが、聞こえないフリを決め込まれている。


「一体どうしたのだ?」


 紫蘭は夜迦に聞くが、夜迦は首を横に振るばかりだ。

 夜迦とてあれ程大神様が、求めて来られただのと、恥ずかしくて言えない。

 しかし、三日目の朝にようやく大神様は、ご寝所から姿を現しになられた。


「如何なされました?」


 白蘭は直ぐに引き込まれる大神様を、案ずる様に言った。


「太古様が、押し込められた思いが溢れ出て参った」


「太古様の……でございますか?」


「うむ。あのお方だ……あのお方の思いだ」


「太古様の……でございますか?」


「ああ……。ひとつ安堵致したは、思い人の望む形では無かったが、あの方に深く思っておいでであった事だ」


「ならば如何して、大神様にお残りになかったのございます?」


「思いびとが神泉に身を投げたから……。あのお方は全てを消しやったのだ。ご自身の思いも、思い女の存在も、寝所での全てを……。ゆえに私に何も残しはされなかった……」


「それ程までに?……」



 夜迦を抱いた時に、微かに何かが流れ出た。

 それは太古様の思いだ。

 激しくも不器用な、それでも溢れる程の思いだ。

 夜迦を神泉に落ちぬ様に抱き、泉を覗き込んだ時、泉の前で泣きながら大神に訴える、それは美しい女子おなごが脳裏に浮かんだ。

 その女子は激しく大神を罵倒した。

 狂おしく……。泣き狂いながら大神を罵る。


「貴方様は子を儲けるが為に、私をお選びになられたのです。〝彼処〟に連れ行き、孕ますが為だけに……」


「そうではない、私は……」


「貴方様はただ子孫を残したかったのでしょう?己が野望を果たすが為に、ただそれだけの為に、貴方様がお望みの地を統率したいが為だけに……お怨み申します。私は全てをお捧げしたのに……身も心も……全身全霊をかけて、愛をお捧げしたのに……。私はこの思いを知らしめる為に……貴方様に知らしめる為に、生まれ変わりましても、貴方様の〝女〟であった証しに〝夜迦〟の名を名乗りましょう。如何様に蔑まれようと、貴方様のお仕打ちには敵いませぬ……天上天下にこの身が貴方様の〝妃〟と知らしめられました。貴方様がお望みの〝もの〟を差し上げる事ができず、お役に立てない役立たずな〝妃〟でございました。名ばかりの〝妃〟でございました。が、この私の思いは決して嘘ではなかったと、永遠の誓いで貴方様に知らしめましょう。私は〝夜迦〟の字を名乗り、そして永遠に貴方様への愛を知らしめます」


 太古様の思い女はそう言うと、天を仰いでそのまま神泉に身を投げた。

 神々の中で最もお力のある大神である。

 それは素早く龍神と成られて神泉に飛び込まれたが、神泉の威力は大神ですら計り知れぬものであった。あっ!と言う間もなく思い女は神泉の渦に呑み込まれてしまった。

 太古様は嘆きに嘆かれた。

 地を揺らし火山を揺らして嘆かれたが、もはや如何にもならなかった。


よ。私は其方を思っておったのだ、其方の望むではなかったかもしれぬが、私は何よりも一番に思っておったのだ……」


 神泉を眺められながら嘆かれた。

 さすがに泪が枯れ果て、大地が大きく揺れ始められる前に、太古様は初めて愛された〝思い女〟の全てを消し去り封印なされた。

 天上天下に知らしめた〝ご寝所〟の事も妃の存在も、そして愛する者を失うきっかけとなった、己の野望を……。最も憎むべき己の野心を……。

 全て全て消しやり、そして代替わりにおいてお残しになられなかった。

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