第25話
大神様はかつて涼夜迦と愛しい日々を過ごされた、神泉に在る四阿にお姿を現された。
「凄い!一瞬で移動した?」
夜迦は大神様の腕を抜けて、神泉とその周りに咲き誇る桃の花を眺めて言った。
大神様は感慨深気に、桃の花をご覧になられて泪ぐまれた。
かつての愛しい日々を、思い起こされたのだろう。
かつて傍には、相思相愛の涼夜迦が、それは麗しい笑顔を向けてくれた。
ただひたすら愛してくれた。
其処には、太古様の因縁も忌まわしき額の刻印も存在しない。
ただ大神様は、その愛らしい涼夜迦の思いを受け入れ、そして生涯添い遂げるべき方法を考えればよかった。
其処にはただ〝愛〟があるだけだった。
愛するがゆえの潤んだ瞳と、喜びの泪しか存在しなかった。
「大神様」
夜迦は神泉を覗き込みながら、大神様を呼んだ。
「夜迦、落ちるでないぞ」
大神様は慌てて夜迦の腰を抱かれた。
「……落ちやしないよ」
夜迦はそう言うものの、別段大神様の
「ほら……あの村が見える。大神様のお陰で、皆んな安心して生活できてるみたいだ」
夜迦は大神様に抱きかかえられる様に、泉に見入った。
「ほら……」
大神様のお顔の近さに、少し頬を赤らめて言う。
大神様は暫し覗き込まれて、大きく何かが流れ出す幻想をお感じになられた。
「…………」
大神様は微かに目眩を覚えられ、夜迦を抱く手を強められた。
夜迦は身を縮めたが、大人しく大神様に身を委ねている。
時が静かに経っていくー。夜迦の鼓動と共に、時が静かに経っていくー。
「夜迦よ。此処は危ない。四阿から泉と桃の花を見よう」
大神様は夜迦の腰に回された手を、緩める事なく言われた。
「あ?ああ……うん」
夜迦は素直に頷いて、大神様に抱えられる様に四阿まで行って、椅子に腰を下ろした。
「大神様大丈夫かい?どこか具合でも悪いの?」
椅子に座ると夜迦は心配するように、大神様を覗き込んで見つめた。
「いや少し……」
大神様は、先を詰まらせて夜迦をご覧になられた。
「やはり、其方は其方なのだな……」
そう言われると、涼夜迦によく似た少し潤んだ瞳に魅入られた。
「其方を試してみたいが如何であろうか?」
大神様はそれは真顔で、お聞きになられた。
「それって?」
夜迦が疑問符をつける前に、大神様は夜迦に有り難くも優しく口づけをされた。
夜迦は潤んだ瞳を、静かに閉じてお受けした。
長い時を大神様は、夜迦を腕に抱き唇を貪られた。初めての事なのに、夜迦は恥じ入る事も畏れいる事もなく、当たり前の様にお受けした。
大神様は夜迦の唇を貪られれば貪られる程、大きな何かが流れ出るのをお感じになられた。
夜迦が息苦しさに唇を離したが、大神様は直ぐに唇を押し付けて再び吸われた。
どんなに夜迦が抗おうが、大神様は決して唇を離す事をお許しになられない。
大きな何かが大神様を襲う。
流れ出た何かが大神様を狂わせていく。泪をボロボロと溢されて、大神様は夜迦の胸元に衣の上から手を這わされた。
すると夜迦の額が閃光を放ち、大神様を弾き飛ばした。
「…………」
大神様は身をもたげて、陶酔に浸る夜迦をご覧になられた。
驚きと動揺がお顔に浮かび上がられた大神様は、夜迦の額の閃光を凝視されている。
夜迦は其れ等を気づく事もなく、身をもたげて大神様を見つめた。
「大神様?」
一瞬にして閃光は消え去り、辺りは神泉の輝きと桃の花の艶やかさで満ち溢れた。
「許せ……」
大神様は、泪を流されながら夜迦に言われた。
「何?何を言っているんです?」
「許せ……。其方とは形が違えども、私は其方を思っておったのだ」
大神様は放心したように続けられる。
「其方と違うかもしれぬが、私は其方をこよなく思っておったのだ」
大神様は突っ伏して慟哭された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます