第24話

 大神様は打ちひしがれて、再びご寝所に引き込まれておられる。

 それには再び閉口な白蘭が、毎日の様に声を掛けてお出ましをこうが、聞こえぬフリを決め込まれておいでだ。

 毎度の事ながら、うじうじ大神様に業を煮やして、紫蘭が出張って来た。


「大神様、夜迦が寂しがっております……」


「紫蘭さん、別に私は寂しがってなどいないよ」


 傍らで夜迦が言うが、紫蘭はシッと言って、ご寝所の入り口に夜迦をつれて行った。


「ご自分でお連れになられ、無責任ではありませんか?早くお出ましなられて、夜迦にお顔をお見せくださいませ」


「…………」


「ならば大神様のご責任ゆえ、ご寝所に迎え入れるか、さもなくば現世にお返しくださいまし」


「いや、紫蘭さん私は親も身内もおらんから、別に此処に居ても構わないんだが……」


 夜迦は紫蘭に言っが、紫蘭は再びシッと言って微笑んだ。


「大神様がお出ましになられませぬなら、夜迦にお伺いを立てに行かせましょうか?」


「紫蘭よ。此処を通る事はできぬぞ」


 大神様はお姿を現されて言われた。


「はい。弾き飛ばされてしまいます」


 紫蘭は可笑しさを堪えながら、畏まって言った。


「うむ」


 大神様はムッとした表情を、崩さずにおられる。


「そのように不機嫌なお顔を、夜迦に見せてはなりません。どうかご機嫌をお直しになられ……。そうだ、今神泉は桃の花が盛りにございます。夜迦を連れて愛でられては如何でございます?……夜迦はこの有り様ゆえ、花など愛でる事を存じません」


 紫蘭が言うと、大神様は夜迦に目を向けられた。

 夜迦は大神様の視線を避ける様に、視線を他に移した。


「夜迦よ。私と桃の花を愛でに参るか?」


 夜迦は、大神様に声をかけて頂いて動揺したが、コクリと小さく頷いた。


「……ならば、愛でに参ると致そう……」


 大神様は力なく、それでもとても優しく言われ、夜迦の側に歩み寄られた。

 すると慣れたご様子で夜迦を抱かれると、すっと姿をお消しになられた。


「大丈夫であろうか?」


「大丈夫でしょう?ご寵愛の涼夜迦の生まれ変わりなのですから……」


「しかし、近頃は少しご様子がおかしいのだ」


「大神様のおかしいは、今に始まったものではありません」


「いや、しかし……。先日も天よりお戻りになられて直ぐに、太古様の事をお考えになられ、身を折って慟哭されたのだ……」


「此処の事か?」


 紫蘭は額を指して言った。


「何故あのような〝物〟をと、気落ちをされておいでだ……。大神様は全てを残して代を替わられる、ゆえに太古様のされた事であっても、我が事と錯覚される……」


「太古様のお気持ちなど、解り様もない事ではないですか?全てを残されると言っても、別神別神格なのですから……」


「余りに思いが強すぎて、解らなくなられておいでなのだ……」


「なんと、太古様以外には、何女なにびと何女神すら、気に留める事のなかった大神が……」


 紫蘭は、余りに振り幅の大き過ぎる大神に呆れた。


「とことんというご性分といえど、少し度が過ぎましょう?」


「特にあのお方は、が顕著に出ておられるのだ……。ゆえに巡り逢われたのやもしれん」


「太古様の悔恨でしょうか?」


「……かもしれん。だが、今の我らは誰も知らん。大神様に残されておらねば、太古様のお気持ちなど解り様もない」


「残されなかったのであれば、知らぬ方が良いのやもしれません」


「……であろうが、大神様は苦しんでおいでだ」


「何に?あの〝額〟にですか?」


「そこまでされた、太古様のお気持ちにだ」


「……………」


「ご自分と太古様が混同されておられる。この様な事は、大神ご誕生より初めての事であろう……」


 白蘭は紫蘭に神妙に言った。

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