第23話
大神様は白蘭の屋敷に姿を現された。
「夜迦は?」
「神山を見学に……紫蘭が妙に気に入りまして、連れて行きました」
「さようか……」
大神様は微かに嘆息を吐かれた。
「如何なさいました?」
「いや……」
「しかしながらああ見えても、やはり持って生まれた物は、一緒なのでございますな。身を清めさせ、我が娘の衣装をまといましたならば、涼夜迦にははるかに劣りますが、それなりに娘らしくなりました」
白蘭は、少し気落ち気味の大神様を、元気付け様と言った。
「そうか……」
大神様はそう言われたきり、暫し黙られた。
「白蘭よ……」
そして徐に言われた。
「何故太古様は、あの様な刻印を、愛する者に致したのであろうか?」
「大神様……。代々大神様のお目付役となるものだけに、言い伝えられる事がございます」
白蘭は畏まって、大神様に静かに言った。
「…………」
「かつて太古様は、子孫を残し中の原を手中に収められたいと、お望みになられた事がお有りになるとか?」
「……なんと?だがしかし、その様な記憶は私にはないぞ?」
「お子がおできにならなかったゆえ、全てをお諦めになられたのです。それゆえお残しに、なられなかったのでございましょう」
「……………」
「太古様は、天孫……ならぬ、大神の子に、中の原を統治おさせになりたかったのです。しかしながら、彼処に、大神様を殊の外お慕い申す者を召されましたが、残念ながら孕む事は叶いませんでした……。彼処に召されましたが、孕む事がなかったゆえ、天上天下にお妃様を知らしめる事は無かったのやと……」
「……ゆえに思いが残っておらぬのか?私に妻がいたという事を、知る者も居ないのか?しかし刻印が残っておるではないか?子が孕まねば、天上天下に知らしめられぬのか?」
「大神様……太古様しかお使いなかった〝処〟にございます。実は詳しい事は、全く解らないのが本当です。ただ、天上天下に太古様が、妃にしたいと思いを募らせて、彼処に召された事は知らしめましたが、何せ子がおできになられなかったので、〝妃〟とは認められず、そのまま時を費やしたのでございましょう」
「その方とは生涯添い遂げられたのか?」
「そこの所は、我らに言い伝わっておらぬのです。……がしかし、まるでご縁のなかった大神様が、涼夜迦にこれ程の恋情をお持ちなのですから、大神様の一部にそのお方はお有りに成ると信じます」
「太古様は、どの様なお心をお持ちであったのだろう?私に何一つ残してくださらず……もし白蘭が言うが確かならば、涼へのこの想いは、あのお方と同じはずなのに……」
大神様はハッと白蘭をご覧になられた。
「もしや子ができぬからと、つれなくしたのではなかろうか?側には置いたが、つれなく苦しめはしなかったろうか?愛しておられなんだのだろうか?子を孕ますだけの者であったのであろうか?私は……私は捨てたのであろうか?……ゆえに天照はあんな風に申したのか?」
大神様は、大きな身体を折る様にして慟哭された。
余りの悲しみ様に、白蘭は成す術を思い浮かばない。
慰めの一言すらおかけできずに、子どもの様に泣き悲しまれる大神様を、ただ眺める事しかできなかった。
「この神泉に入ってはいけませんよ」
紫蘭は、豪華に花々が咲き誇る神泉を、覗き込む夜迦に言った。
「うん……紫蘭さん、私が居た村が見える」
「ああ此処は、覗く者の希望の場所を映し出してくれるのです。がしかし、身を乗り出して見入って、泉に絶対に落ちてはなりません。泉は人間を呑み込んでしまいますから……」
「え?呑み込んじゃうの?」
「ええ。たいていの人間は死にます」
「……落ちないように気をつけるよ……」
「そうしてください」
紫蘭は意外と素直な、夜迦に笑顔を向けて言った。
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