第22話

「そうよ、大神。私は涼夜迦の額にも、が光輝くを目撃した」


「ならば!ならば涼夜迦は、鬼に汚されてはおらぬはず……」


「残念ながら、は私には判然としないのだ……。高の原よりを覗き、が甚振られておったゆえ急ぎ降りた。だがもはやは舌を噛み切っておったのだ。口の下には鬼の指が噛み切られており、抵抗し舌を噛み切ろうとして、鬼に指を入れられたと思った。しかし、容姿に似合わず気丈なのか、其方への思いが深いのか、を噛み切り己の舌を噛み切るとは……。鬼と河童は閃光を受け目を眩ましておったゆえ、私が八つ裂きにした。だがは、死なせてくれろと懇願致したのだ」


「なぜゆえに話して聞かせてくれなんだ?〝其方は汚されておらぬ〟となぜ一言……」


「大神様、はそう思ったのだ」


「……………」


「汚されたと思ったのだ、ゆえに果てる事を選んだ。とくとくと説明して、は納得致すか?其方は信じるか?」


「信じるに決まっておろう」


 大神様は絞り出す様に言われた。


「一度疑問を持てば、それは生涯付きまとう……。は其方に愛されれば愛されるほど、あの時の疑問を疑念と変える。不安と疑惑を抱く。私がまことを言ったのか、助ける為に欺いたのかと疑心暗鬼になって行く。そして其方もを手元に置けば、その内疑念を抱き……。鬼に汚された身ではないかと疑心暗鬼となる」


「鬼に汚された身では、大神に仕える事など叶いませぬ」


「……と、言い訳を我が身に言い聞かせては、疑惑を何処かに持ち続ける……。疑心暗鬼は大きくなって行く。それは大神とて変わらぬ。無垢なには地獄である。第一其方が龍神に助太刀したがゆえ、鬼達の恨みを買った。其方の最愛なるものゆえ、あの様になったのだ」


「……ゆえに?涼夜迦を見殺しとし、転生させたと?」


 大神様は泪を流された。


が望んだ事だ。だが大神様、其方が息巻いておる〝物〟のお陰で、涼夜迦は清いまま転生した。ゆえに夜迦の額が光り、鬼の気より身を守ったのだ」


「……文字の取り方を知らぬか?」


「今等々と話したにも関わらず、まだその様な事をお聞きになられるか?」


 天照様は呆れられて言われた。


「大神様がご存知ない事を、私が知る由もない……だが、今一度夜迦をに招いてみては如何か?付けれたのであらば、消す事は叶わずとも、変える事は可能やもしれぬ……。文字が厭ならば、綺麗な花模様にでもしたらよい。何処ぞの女子は、わざわざ額に刺青致す者もいるとか?」


 天照様は呆れられて言われた。


「…………」


 大神様は睨め付けられて、そのまま黙ってお消えになられた。


「たかが文字如きで……。しかしながら生まれ変わりにまでも、刻印が受け継がれるとは……。やはり、は未だ完成されてはおらぬのか?……ならば、時が経てば完成致すのか?それとも……大神が使わぬ限り完成致さぬのか?」


 天照様は至極真剣に呟かられた。

 以前から天照様は、〝大神の寝所〟に興味をお持ちであった。

 独神が多い大神様に、なぜあの様な物が必要なのか?

 あれは太古の大神が創ったとされているが、実は天意なのではないか……。

 そう天照様はずっと疑念を抱いておられる。疑念は疑心暗鬼と変わる。

 大神であれ天意であれ、なぜは存在するのか?必要なのか?

 その思いがどんどん大きくなって行く。

 だから、天照様は涼夜迦の願いをお聞きになられた。

 一度持った疑念は疑心暗鬼と成り、持ったものをずっと苦しめる。

 理屈を付けても屁理屈を付けても、決して納得はできない。

 生涯だ。果てしなく長い年月を、疑心暗鬼の中で生きて行く事になり、そして最期にどんな答えが出てくるか、それが恐ろしい。

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