第21話

「あれは如何なる事だ?」


 大神様は、天上にある天照様の神殿で言われた。


とは?」


 天照様は大きな椅子に腰掛けられたまま、大神様を高い位置から見下ろされて言われた。


「涼夜迦の、生まれ変わりし者の額に現れるだ」


「ほう?をご覧になられたか?噂には聞いておるが、如何様なであった?」


 天照様は興味深々のご様子で言われる。

 大神様は殊の外、不快な表情に変わられた。


「鬼に捕まった夜迦の額に、光輝く〝夜迦〟の文字が現れた」


「文字とな?」


 天照様は思考を巡らされる様に、大神様を凝視されている。


「〝夜伽〟という文字だ」


「……ほう?それはまた洒落た物が……」


 天照様は途中で言葉を切られて、考え込まれる素振りを作られた。


「大神様、私も本当の所は知らぬ。太古の昔の大神が、思いびとに召された、その思い女は人間で、それは美しい者であった。何人にも触れさせたくない大神が、決して触れる事が叶わぬ証を残したと聞いておるだけだ。それが文字であろうとは……何たる……」


「何たる無慈悲ななされ様であろうか。それも〝夜迦〟とは、人々には哀れなる物の意味であるらしい……」


 天照様は、若く無知な大神をジッと見つめられた。


「大神様、太古の大神は実に理に叶った文字をされた、は確かに大神の〝女〟という意味となる」


 大神様は、それはご不快なお顔を隠されないで、天照様を睨め付けられた。


「太古の大神は、まことにその者を大事に思うておったのか?」


「それは如何であろう?その様な事は、私より其方の方がお解りであろう?大神は代を替えられるが、全てを残していかれるはず?」


「そうだ。だが私の中には、その様な記憶も感情も残ってはおらん」


「それを私にお聞きになるは筋違い……」


「そうであるが、私は何故を、太古ができたかが理解がゆかぬ」


「今の其方ならば、その様な事は致さぬと?」


「致さぬ……いや致


 大神様は真顔で言われた。


「しかしながら、夜迦が中の原に生まれ変わっておったがゆえ、其方もあの字の意味を知り、人々の目も考えて憐れみを持ったやもしれぬが、に召されたのだ。末永く太古と共に在り、最期は同じ塵となって其方の一部となっておるやもしれぬ……。つまり、太古は手離す気がない故、万が一の時の事を思い、ああしたやもしれぬ……」


 天照様は若く、恋に猛進する大神様を見つめられている。

 世にも美しい瞳が、大神様をジッと捉えている。


「其方とて、涼夜迦を側に置くに、人々の目に晒す気があったかえ?人間以外のものに、文字の意味など何になる?」


「そうだ!文字など要らぬはず、神の威光は示され痴れ者を退治致せる……」


 大神様は言葉を切られて、マジマジと天照様を睨みつけられた。


「涼夜迦の時は、如何であったのだ?其方は涼夜迦が鬼に汚されたと申した……。だが、涼夜迦の生まれ変わりの夜迦は、額の刻印が閃光を放った……その後、鬼はの育ての親である巫女が、持たせていた秘薬で眠らされた……が……」


「鬼は眠ったであろう?」


 天照様は身を乗り出して、朗らかに言われた。


「…………」


は私が巫女に授けたものだ」


「…………」


「さすがに、大神ともあろうものの思いびとが、二度までも鬼に汚されては面目が立たぬからな。が生まれ変わった時に、私は巫女にあの薬を授けた。鬼を毒で仕留める事はできぬが、眠らせる事はできる。ゆえに一時逃げ切るだけの時間稼ぎに、を授けたが、あの巫女はかなりの〝もの〟を持っておった。ちゃんと理解し夜迦に授け、尚且名まで刻印と同じ字を使っておったとは……」


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