第20話

「チッ!」


 鬼は夜迦を睨め付けた。


「大神の女か……」


 言うなり大鬼は目を眩まし、夜迦を突き飛ばした。それと同時に、夜迦は竹筒を開けて中身を大鬼にぶちかけた。

 大鬼は、煌々と輝く夜迦の額へ目をやりながら、大きな音を立てて倒れた。

 大神様は夜迦の額に輝く〝夜迦〟の文字を凝視された。

 白蘭は大慌てで、裸体姿の夜迦に衣を羽織らせた。


「早う着ろ。嫁入り前の娘が、お見せする姿ではない」


 ハッと我に返った夜迦は、慌てて後ろを向いて身繕いをした。

 大神様は、呆然と夜迦を見つめ続けておられる。


「其方のその額……」


 大神様が近寄りながら言われる。


「えっ?」


 夜迦が不恰好に身支度を整えて振り返ると、額の輝きと刻印は消えていた。


「凄え光のお陰で助かった……。さすがにあんなデカイ奴の〝もの〟なんか、試されたら死んじまう……」


 夜迦が何時もの如く、下賎な事を口汚くいい終わらぬ内に、大神様は夜迦に駆け寄り抱きしめられた。


「!!!」


「何たるものを……何たるものを……」


 大神様はそうお言いになると、夜迦をきつく抱かれたまま泪を流された。

 暫く呆然とされるままになっていた夜迦は、大神様を突き飛ばした。


「……其方にその様な物を……」


 大神様はほろほろと泪を流されて、夜迦を再びご覧になられた。


「白蘭!連れ帰る」


 白蘭にご命じになられ、白蘭は大きく頷くと夜迦を抱いた。

 抗おうと夜迦がした途端、ゴオオオと物凄い音を立てて山が崩れ落ちた。

 村人が暮らす村々を残し、かなり大きく彼方此方の山が崩れ、大きく穴をポカリと開けた所もあった。


「其方の願い通り、この地帯の鬼の寝ぐらを崩し生き埋めに致した。封印を致したゆえ暫くは悪さをしに出ては来れぬ、娘を甚振ったり子供を喰う事もできぬ。魑魅魍魎も怖気付き村人を苦しめる事もなかろう」


 と言われた。

 白蘭のかいなで唖然とする夜迦に向かって


「其方に対する私の詫びである」


 と言われた。


「はぁ?」


 夜迦がそう言った時、面前が大きく揺れて夜迦は気を失った。




が、本当にあの涼夜迦なのか?」


 女の甲高い声で、夜迦は目を覚ました。


「ほれ、声が高い声が……」


「……と言えど、余りに違い過ぎて、合点がいきません」


「合点がいかぬと言えども、大神様がご確信なされたのだ、間違いはない」


「大神様も、涼夜迦を失った悲しみで、呆けてしまわれたのです」


「な、なんと言う事を紫蘭、大神様に対して不敬であろう?」


「……と申しましても、あの様に暫くお隠れになられる程の、お悲しみだったのですよ。それが、やっと……と思ってみても、では……」


 紫蘭は嘆く様に言って、初めて夜迦が目覚めた事に気がついた。


「ああ、目が覚めましたか?」


「此処は何処だ?あんたは誰?」


「全く似ても似つかない……」


 紫蘭は吐き捨てる様に言った。


「そこの人と会った時からよくその言葉を聞いているが、一体どう言う事だい?そして此処は何処だ?」


「此処は神山だ」


 白蘭が言った。


「神が居るっていう?」


「ほお?よく知っているね。眷属神が住まう……が正しいが……」


「眷属神?神のつかわしめの?」


「ほんとだ。見かけによらず感心だ事……」


 紫蘭は幼顔の残る夜迦を見て言った。

 夜迦は珍しく褒められて、ちょっとはにかむ様な表情を作った。


「本当だ、ちょっとした仕草や表情が、涼夜迦を思わせる」


「涼夜迦?ちょっと私に名が似てるね」


「ああ本当だ」


 紫蘭は手を打って言った。


「……で、誰だい?」


「わたくしは紫蘭。は眷属神の白蘭。大神様のお側にお仕えするものです」


 紫蘭はそう言って


「そして、涼夜迦と言うは、大神様が最もご寵愛されたお方の名です」


「大神様の?」


 夜迦は神妙に紫蘭に言った。

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