第19話

 大神様は、ご心痛なご表情を作られた。


「それが字を聞いて吃驚でして、夜迦よとぎと書くではありませんか?なぜゆえ巫女はその様な名をつけたのか……あの容姿にその名では余りに不憫と思うのですが、当の本人はあの調子なもので、全く気にしておりません。しかし、嫁入り前の娘でありますし、呼び名は未だしも字を変える様言いましても、巫女様がお付け下された大事な名ゆえと申し、どうしても変えぬのです」


「私が知っておる者も、涼やかな夜伽と書いて〝すずやか〟と名乗る者がおった……」


 大神様は考え深気に仰せになられた。

 人間にとっては〝夜迦〟とは、とても不憫な名の様だが、人間でないものにとって〝夜迦〟の字など、どうでもよいことだ。

 ただ〝すずやか〟又は〝やか〟という響きがあるだけだ。

 大神様は涼夜迦と同じ響きを持つ夜迦に、確信を持っておられる。

 全てにおいて似ても似つかぬ夜迦だが、大神様には変わり果てた姿であろうが、涼夜迦である事は間違いの無い事であった。



夜迦やかよ。どうしてもするのか?」


 住職は、死装束に着替える夜迦を見て言った。


「娘が着るよりいいだろう?それに私はただじゃ、あいつらの好きにさせないから安心しろ」


「……それは、本当に有り難い事だが……」


「私は何故だか幼い頃から〝鬼〟と聞くと、決して許せんのだ。ギタギタのボコボコの八つ裂きにしてしてやりたくなる」


 不細工な顔を住職に近づけて言った。


「やはり涼夜迦なのだなぁ……鬼をそれほどまでに許せぬとは……」


 大神様は側でお聞きになりながら、住職とは大違いで呑気に仰せられた。


「しかしながら、涼夜迦には遠く及びませんが、馬子にも衣装というものか、先程の格好から比べれば、如何許りか様になっております……」


とは何だ?」


らしいと言う事で……」


「如何にも……」


 大神様は、夜迦の側にお立ちになられて、しみじみと夜迦をご覧になられた。


「何だ?」


 夜迦は喧嘩腰で大神様に顔を向けるが、大神様は死装束の夜迦に、初めて出逢った時の涼夜迦を重ねられた。


「其方は、其方なのだなぁ……」


 泪ぐまれながら、夜迦の頰を撫でられた。

 夜迦は初めての事に吃驚して、大神様のお手を弾いた。


「なんたる……」


 白蘭がいきり立ったが、大神様は制止されて夜迦を見つめられた。


「私がついておるゆえ、好きに致すがよい……」


「は……何を?鬼を八つ裂きにするのは私だ」


 可愛げのひとつもなく言い放つ。




 赤い三日月が大きく輝く頃、夜迦は馬に乗せられて、住職に手綱を持たれて鬼が待つ山の中に入って行った。


「ここでいいよ」


 夜迦は住職にそう言うと、住職は深々と頭を下げて山を下って行った。

 馬はずっと奥まで乗せて行ったが、さすがに気配を感じて立ち止まり、先に行こうとしなくなったので、夜迦はそこで降りて馬の尻を叩いて山を駆け下りさせた。

 暫く歩くと


「よく来たな」


 大きな鬼は夜迦を見下ろして言った。


「村の子供達を喰うのは、辞めてくれるんだろうな?」


「はっ!その様な事を真に受けて来たか?」


あざむいたのか?」


「当たり前だ。其方ひとりで村の子供の分になるか!だが、村一番の器量良しならば、俺の嫁にしてやってもよいと思ってな」


「は?嫁だと?馬鹿にするのもいい加減にしろ、誰が鬼の嫁など……」


 夜迦はいつもの如く、可愛げのない啖呵を切った。


 鬼はすばしっこく動く夜迦を追い回した。

 身軽に逃げ回るが、死装束では何時もの様には動けないらしく、あっという間に鬼に捕まった。


「ちっ、こちらも〝村一番の器量良し〟はあざむかれたか……。まあいい、久方ぶりに人間の女子を、甚振ってから食っても遅くはない」


 大鬼はそう言うと夜迦を押し倒して、抗う夜迦の衣に手を掛け剥ぎ取った。

 夜迦は懐に隠した竹筒を取り出し、大神様は鬼の前に姿を現されたその瞬間、パアーと夜迦の額が煌々と輝いた。


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