第16話

「この者がであるのか?」


「はて?最短最速で、転生させたが悪かったか?」


 天照様は、ジッと鏡をご覧になられて、言葉を失っておられる。

 あの可憐で美しく、淑やかで粛々たる涼夜迦の面影など、微塵も感じ取れない様相だ。


「……天照よ、まことにそうか?」


「お、鬼の気を受けたゆえ、致し方ないのやもしれぬ」


 苦し紛れに言ってのけられた。


「なんと……。鬼の気とはかように酷いものなのか……」


 大神様は泪ぐまれて鏡を覗かれている。


 地が少し大きく揺れた。


「哀れな涼夜迦よ。さぞ口惜しかったであろう……」


 大神様はそう言われると、感極まられて泪をお拭きになられた。


「あの時鬼に汚されねば、このような容姿に変わり果てる事もなかったやもしれぬ……天照よ。早うに〝此処〟に招き入れておれば……」


「おうよ。あの様な事はあり得ぬ。天上天下に其方の〝もの〟と知らしめるのだ、仮令鬼とて神とて手出しができぬ。あの様な不埒は〝天〟が許さぬ」


 大神様は悔恨の泪を流され、大きなため息をお吐きになられた。

 そのご様子が余りに悲痛なご様子なので、天照様もさすがにお気の毒にお思いになられた。優しく慰める様に


「と、とにかくを授ける。は涼夜迦を映し出すゆえ、其方しか要はない」


 そう言われて鏡を指差された。


「なぜに涼夜迦と解るのだ?」


「あの折、哀れな涼夜迦が果てた折の、泪と血でをこさえたゆえ、は涼夜迦しか映さぬのだ」


「……という事は、は如何様ともし難く涼夜迦なのだな?」


 大神様は落胆するように言われた。


「これも天意である、致し方ない……」


 天照様はそう言われると、申し訳なさ気なお顔をされている。


 ……余りに急ぎ過ぎたか……


 哀れに思し召したが裏目に出てしまって、さすがの天照様も大神様に合わせるお顔がない。早々に退散を決め込む事とされた。


「あとはご自身で、ご随意になさいませ」


 パッと何も無い寝所の中を、神々しく照らされたかと思うと、辺りを燃やさんばかりに輝かれて、天に昇って行かれた。

 ポツンとひとり残された大神様は、再び暗くなった寝所で、お手にしておられる鏡を再度覗かれた。


「これが涼夜迦であるのか……ご随意にと申しても、如何致せばよいのか……」


 大神様は途方に暮れられた。

 暫く途方に暮れられていたが、如何様にもならぬので、致し方なく寝所をお出になられて、外で畏まる白蘭の元に、お姿を現しになられた。


「大神様……」


 白蘭はホッとした様子で、大神様を仰ぎ見た。


「白蘭よ。が涼夜迦の生まれ変わりである。如何致したものであろう?」


「涼夜迦が生まれ変わっておりましたか?」


 白蘭はそれは嬉しそうな表情を作って、大神様が差し出した鏡を覗き込んだ。

 勇んで覗き込んだ白蘭は、それは申し訳なさ気に大神様を見つめた。


「どれが涼夜迦の、生まれ変わりにございます?」


が、涼夜迦の生まれ変わりである」


 白蘭は再び覗き見て、言葉を失った。


「なぜにこの様な?」


「鬼の気に、当たったゆえではないかと……」


「天照様が……でございますか?」


「ふむ、天照がである」


「なんと……涼夜迦は、さぞ口惜しかろうに……」


 白蘭は大神様を思い、可憐で美し涼夜迦を思って絶句した。


「天照はああ申したが、私は納得がいかぬ」


 大神様はそれは悲し気に仰せになられた。

 それには白蘭も同様であったがゆえ、大神様のお言葉は理解ができる。


「ゆえに、私は確認に参ろうかと思う」


「は?」


が涼夜迦であるか、確認に参ると致す」


「大神様がご降臨されますか?」


「当然である。涼夜迦であるか否か、解るは私のみである」


「確かに……確かにさようにございますが……」


 白蘭は耳を疑った。

 麗しき女神様ですら、興味をお持ちになられた事が無かった大神様が、自ら涼夜迦の生まれ変わりを、捜し求められるとは……。

 それほどまでに、大神様の一途な思いは深いのか……。

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