第13話

 大神様と涼夜迦は、それはそれは側から見ても羨む程の、蜜月をお過ごしになられている。

 かつて厳格過ぎて、神々様方から幽閉の憂き目に遭われたお方の面影など、微塵たりと無い程に、その面差しは温和で優しいものであった。


「以前其方と会う機会を作ってくれた、龍神が目を覚ましたゆえ、会いに参ろうかと思う」


 大神様は涼夜迦に 言われた。


「ならば、わたくしもお共しとうございます」


 涼夜迦が大神様に、神泉で拵えた神酒を捧げながら言った。


「其方もか?」


「あのお方のお陰で、大神様とお会いするが叶ったのでございます」


「しかしながら、龍神はかなり気落ち致すであろう……。其方はの貢ぎ物であったわけであるゆえ」


「何を申されます。あのまま彼処におりましたならば、わたくしは男達に汚され貢ぎ物にはなりませんでした。そうでなければ、あの時死んでおりますし、何事もなくおりましても、龍神様を待ちくたびれて、朽ち果てております」


 涼夜迦は可笑しそうに言うと、懐かしそうに春月を眺めやった。

 そう思えば、おふたりの縁は運命としかいいようがない。

 あれから紫蘭から聞いた〝ご寝所〟のお話しは、大神様からはないままだから、そうであって欲しいと、涼夜迦は願うばかりだ。


 数日後大神様は涼夜迦を連れて、それは仰々しくお成りを告げながら、神山から信濃川へ向かわれた。

 天でお成りを告げるは、雷神風神の神様だ。

 雷神様が高々と告げ、風神様が涼夜迦を乗せた輿を運ぶ雲を、それは早く飛ばした。

 地上には恵みの雨が降り続き、あっと言う間に信濃川が見えて来た。

 涼夜迦と共に輿におられた大神様は、それは素早く昇ってお迎えする龍神様を見た。


「これは大神様、よくぞお出でくだされました」


 厳つく大神様に負けぬ強固な面を伏して、龍神様は言われた。


「龍神よ。元気そうで何よりである」


「その節は、まことにありがとうございました」


「なに、其方の大鬼との対峙は実に見事であった」


「しかしながら、大神様があの時お越しでなければ、を仕留める事は叶いませんでした」


を仕留め疫病は如何にかなったが、葛の輔に私が嫌気を指したゆえ、人々には難儀をかけさせる事となり、実に申し訳なく思っておる」


「いやいや、私も一族には愛想が尽きておりましたゆえ、いずれはああなるが定めにございました」


 そう言うと、龍神様は涼夜迦に目を留めた。


「この者は?」


「我が妻である。其方とは多少の縁があるゆえ共に連れて参った」


「私と縁でございますか?」



 それは懐かしい信濃川の川底の屋敷で、大神様と涼夜迦は大層な持て成しを受けて、大神様は好物のお酒を嗜められ、それはそれは楽しい時を過ごされている。


「大神様、川のほとりに、月を見に行っても宜しゅうございますか?」


 涼夜迦は上機嫌の大神様に聞いた。


「おひとりでは危険でございます」


 龍神様が心配されて言った。


「従者を連れて参りますゆえ、お許しください」


 涼夜迦は、初めて大神様にお会いした時の、あの月の美しさが忘れられない。

 もう一度川の辺りで、月を眺めたい衝動を、どうしても抑えられずに言った。


「ならば、後ほど私と愛でよう……」


 大神様は優しくそう言われた。

 涼夜迦は黙って俯いたが、如何しても我慢ができずに、川の辺りまで行こうとしたが、さすがに川底の屋敷を一人で出る事は叶わぬと、出口で諦めて帰りかけた時


「!!!」


 ザーッと水が流れ込んで、涼夜迦は河童に手を取られて川の水面に向かい、煌々と輝く月の明かりを認めた瞬間、鬼達に連れ去られた。


「涼夜迦!」


 水が流れ込み涼夜迦が居ない事に気づかれた大神様は、血相をお変えになられて屋敷をお出になった。

 無論龍神様も後を追う……。

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