第11話

 大神様は少しずつ、お変わりになられて行く。

 強固で厳格で強情な大神であられたが、それは美しく清らかな涼夜迦との毎日は、大神様を穏やかでおおらかに変わらせて行く。

 さすがに今は、崇高で尊い大神様の想い女性びととなった、貴い涼夜迦に懸想するものなどはいない。

 この神山の誰もが美しく気高い、若いおふたりのお姿を仰ぎ見て、永遠のお幸せをお祈りした。


 今日は大神様が涼夜迦に、神泉の花見を誘われた。

 神山は草も花も木も、それは沢山の種類が競い合って生きている。

 有り難い神気に満ちている為寿命も永い。

 今は桃が最後の美しさを誇る様に咲き、桜が乙女の様に恥じらいながら、その蕾を開こうとしていて、それは可憐な様相を見せている。

 神泉の周りには水仙が可愛げに、大木の花々の絢爛豪華な姿を仰ぎ見ている。

 大神様は涼夜迦を、白蘭が急きょ設えた四阿に座らせて、花々の美しさに酔いしれる、その花々ですら恥じ入る程の美しさを愛でられる。


「涼よ。のひと枝、取らせて参ろうか?」


「いいえ大神様。どの花々もそれは見事に咲き誇っております、仮令ひと枝とてもぎ取ってはお気の毒。わたくしはこうして見ているだけで、充分にございます」


 キラキラと輝く神山の水面みなもは、毎夜大神様を陶酔させる涼夜迦の瞳の様だ。大神様は思わず涼夜迦を引き寄せられて、お顔をお近づけになられた。

 すると、同じように輝く大きな瞳を、涼夜迦は恥じ入りながら閉じて、大神様の心より愛する唇をお迎えした。

 時はおふたりの為に、それはそれはゆるりと刻んで行く。

 すると、ポキリと音がしたかと思うと、涼夜迦の傍に桃のひと枝が落ちた。


「まあ、さぞや惜しい事でございましょうに……」


 涼夜迦は気の毒がって、そのひと枝を白く細やかな指先で拾った。


「それは桃の花の精霊より、其方への贈り物である。快く受けとってやれ」


「まぁ?わたくしにくだされたのですか?それは有り難く、かたじけのうございます」


 可憐な笑顔を可憐に咲き誇る桃の大木に向けて、辞儀をして礼を言う。


「可憐な競演であるな……」


 大神様はご満悦に微笑まれて、大木を仰ぎ見られた。


 おふたりはそのまま、月華を愛でられる事とされた。


「今夜はそれは見事な青月にございます」


 青白い月の光に浮かび上がる花々は、昼の陽に照らされた時とは打って変わって、それは妖艶な輝きを放つ。

 涼夜迦はその花々に負けぬ程の、艶を浮かび上がらせて言った。


「春月は霞む月が多いが、今夜は月夜見つくよみが気を利かせてくれたのであろう」


「月夜見様が?」


は、私が月を愛でるを好んでおるゆえ、いつも良くしてくれる……」


 大神様ははにかむよう様に笑まれると、涼夜迦をかいなに抱かれた。


「私は元来独神であるゆえ、側に誰かを侍らさずとも不便はないが、其方が参ってから独りは寂しく感じる。この様な感情は初めてであるが、とても心地よい……。ずっと其方を、側に置いておきたいと思うようになった」


 涼夜迦はつぶらで妖艷な瞳を大神様に向けた。

 黒く大きな瞳は、微かにくるくると動いて喜びに満ち溢れた。


まことにございますか?」


「おうよ……ずっと共にいよう。私が代を替えるまでの永の年月其方と共に在り、いずれ塵と成る時は共に塵と成り、其方は私の一部となって再び生まれて参ろう……」


 涼夜迦は大きな瞳に大きな泪を溜めて、一粒すーと流した。


「真にございましょうか?」


 ほろほろと大粒の泪を零した。

 その泪は青月の輝きを浴びて、まるで宝石の様に美しかった。


「私は決して嘘は申さぬ」


「有り難く、畏れ多く、嬉しゅうございます」


 そう言うと涼夜迦は笑顔を作って大神様を魅了した。

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