第7話

「そ、その様に甘やかすは、おやめなさいまし!」


 紫蘭は怒り心頭の様子で、白蘭を睨み見た。


「お、おい。誰を甘やかすな……と申しておるのだ?」


 白蘭は妻の怒りにか、はたまた……身を縮めて言った。


「大神様に決まっておりましょう!」


 怒りはMAXとなって、白蘭をガンガンと襲う。


「何を不遜な!大神様に向かって……」


「はぁ?甘やかしてなくて、なんと申せばよいので?あの様に美しく、わたくしが見るところ、あれ程の美貌の持ち主でありながら、純な心根を持ち何よりも大神様を、あれ程までお慕いしておる者を、天照様の美貌と同等と認識して、気性が同じであったらどうしようと、怖気づかれて放って置かれるとは、なんと……なんと男神様ともあろうお方が情けない」


 怒りに任せて一気に言い放った。

 今の紫蘭には尊い大神様も、へったくれもあったもんじゃない。

 それこそ我が子の危機、我が家の危機、我が一族の危機、神使眷属の危機、と危惧している。

 この中の誰かが手を出そうものなら、どんなにぐちぐちのろのろしておいでの大神様とて、見初めた美女を失った時点で、烈火の大罰をドカーンとお与えになるに決まっている。

 自分の不甲斐なさを棚に上げてだ。


「あなたに任せておけば、手遅れになりかねません。わたくしが〝事〟を運びます」


「紫蘭よ落ち着け。如何致すつもりか?それだけでも教えてくれ」


 白蘭は大慌てで妻の剣幕に、平伏す様に言った。


「大神様に押し付けるに決まっておりましょう」


「やや……。であるから、それは徐々に大神様のご様子を、見計らいながらだな……」


「だから、あなたは甘いのです」


 紫蘭はシヤッと、締め切っていた障子を開けて夫を見た。

 屋敷の周りには神使達が其処彼処と、一眼涼夜迦を見ようとやって来ているし、我が家の息子達も、大神様を思いため息交じりの、潤んだ瞳を輝かせる涼夜迦の窓越しの姿を仰ぎ見ている。


「今に大神様のお怒りが、誰かの元に落ちますぞ」


「…………」


 白蘭は言葉を飲んだ。

 涼夜迦は大神様以外のものに汚されるを恥じ、この間の様に死を選ぶであろう。

 そうなったら、大神様はそれはお怒りになられる。

 ご自分のご判断の遅い事を棚に上げて、下手をすれば一族いや眷属全体を葬り去られるか……。

 大神様は強大な力をお持ちのお方だ。

〝力〟だけでいえば、それはお美しく神々しい太陽神様よりお有りになり、そして如何なる神々様よりも恐ろしいお方だ。

 決して怒らせてはならない、それが誰であろうともだ。


「如何して押し付ける?に送るは尚早ぞ。それだけは成らぬ」


「ならば、それを致す事と致しましょう」


「はぁ?彼処は駄目だ。さすがに大神様もそれは時期尚早と、思し召しておいでであった」


「大神様はちゃんと、ご理解しておいでではありませんか?」


「それは……彼処が大神様は一番落ち着かれる、其処に側付かせるは時期尚早であろう?と言われておいでだ。ちゃんとお解りだ」


「そうお思いならば、多少の情はもはやお持ちという事です。情がおありになれば〝恋情〟も直ぐにお持ちになられます」


 紫蘭はドヤ顔を白蘭に向けて言った。


「紫蘭よ。我らならともかく、大神様は愛はご存知でも恋をご存知ない独神なのだ。情は持たれようが恋情は持たれぬ……」


「それは今までの事でしょう?」


「……であるが……」


「ならば、まずは情が確かな物か、大神様に確かめると致しましょう」


「い、如何して?」


「……だから〝彼処〟に持って行くのです」


「大神様の寝所にか?〝彼処〟はいかん。〝彼処〟は……」


「大神が如何してもという時に、孕ます所です」


 紫蘭は冷ややかな目を向けて言った。

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