第4話
「どちら様にございます?」
涼夜迦は大神様を仰ぎ見て言った。
「先程会った龍神である」
「龍神様?先程とは違うご様子です」
「このお方は、それは尊い大神様なのだ。故あって此処の龍神が眠る間、龍神の役をやっておいでであったのだ」
白蘭は畏まって言った。
「ああ、わたくしは、龍神様の貢ぎ物でございますのに……」
「致し方あるまい。葛の輔がその大事な貢ぎ物を龍神に渡さず、くすねる算段であったのだ。其方を端から龍神に差し出す気は無かったのだ……まっ、龍神は眠っておったゆえどの道、其方は捧げられ損という事だが」
大神様は葛の輔に対して、腹立たしさを隠さずに言われた。
「城下は如何なります?」
「旱魃は続く……致し方ない。龍神は眠っておるし、大神様はご立腹で処替えをなされるゆえ、此処は暫く雨は降らん」
「そんな……」
涼夜迦は大神様のお気に入りの、瞳を潤ませて嘆いた。
「さて、其方如何致す?」
大神様は再び涼夜迦に言われた。
「大神様……」
白蘭は慌てて、大神様に声をかけた。
「大神様……」
大きく首を横に振りながら言う。
「しかし……。其方は龍神の貢ぎ物である。もう暫し龍神であろうと思うておったが、葛の輔にはもう我慢がならぬゆえ、龍神を辞めと致した。……ゆえに、其方は如何したい?龍神の側におりたいと申したが……」
「わたくしは、先程の龍神様のお側に置いて頂きたかったのです。先程のが貴方様ならば、貴方様のお側に置いて頂きたいとお願い致します」
「うーん……」
大神様は再び唸られたが
「願いは叶いましょう」
白蘭がすかさず答えた。
「これ白蘭……」
「大神様は操を守る為に、我が身を犠牲に致した、其方の気概にいたくご感心だ。ゆえに恩恵を授けられる。其方の願いは叶うであろう」
滔々と述べる白蘭にタジタジだ。
勢いに呑まれて先を仰せになれない。
「じきに処替えを致す」
白蘭は涼夜迦を、川底の龍神屋敷の中を案内しながら言った。
「何処かに行かれるのですか?」
「大神様は〝大神の寝所〟と言われておる所に、暫く在わす事となる。しかしながら、其方をまだ其処に連れて行く訳には参らぬゆえ、我らと共に来てもらうがよいか?」
「はい……」
白蘭は少し寂しげに俯く、涼夜迦を見つめた。
このように美しい人間は、きっと二人といないだろう。
「大神様は慈悲深く慈愛に満ちたお方だ」
「はい……」
「だが、恋を知らぬ大神であらせられる」
「???」
「愛はご存知だが、恋をご存知ない。ゆえに其方の望む物は、決してくださる事はないが、それでも大神様に仕えてくれるか?」
白蘭は至極真顔を作って言った。
涼夜迦も真剣に頷き
「はい」
と答えた。
龍神屋敷の奥に、黒く大きな龍神様がお休みになられていた。
しかし、先程見た大神様の龍神様のような、神々しさと猛々しさが、真の龍神様には劣って見えた。
それは龍神様のお身体がお悪い所為か、それとも大神様の尊さゆえだろうか……。
兎にも角にも、涼夜迦が一目で虜となったのは、大神様が変身していた龍神様である事だけは確かだ。
寝室で静かにお休みの龍神様に、涼夜迦は何のトキメキも感じない。
「龍神様は大丈夫なのですか?」
涼夜迦が白蘭に聞くと、白蘭は怪訝そうに涼夜迦を見つめた。
「龍神様に興味を?」
「いえ、お身体が大丈夫かと?」
「なんと?ただおやすみになられておれば、直ぐにお目覚めになられる。我らの〝直ぐ〟は其方らの〝直ぐ〟ではないかもしれんな。ゆえにこの辺の被害は大きいやもしれぬ……」
「わたくしに力がないばかりに……」
「何を言う。其方は少し躊躇気味の大神様の元に、押しかけ貢ぎ物と致した。普段ならば大神様は慈悲深いお方ゆえ、願いを叶えようが、葛の輔は大神様を怒らせてしまった。怒ると恐ろしいお方だ……仮令其方の美貌でも、如何にもならん」
白蘭はにこやかに笑って言った。
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