第3話

 葛の輔はどうしても、涼夜迦への未練が絶てなかった。

 配下に言って涼夜迦の後をつけさせ、涼夜迦を龍神に捧げたと見せかけて、その身を面前に持ち帰る様に命じていた。

 配下は、惚れ惚れとする程に美しい涼夜迦が、それは切なげに潤んだ瞳を、川に向けているのを見た。


「実に何という美しさだ。あれでは城主様が諦められぬのが、解るというものだ」


 数人の配下が、口々に言って溜息を吐いた。


「天罰が下っても良いから、どうにかしたいものだ」


 一人の男が下舐めずりをして言った。


「おうよ。そうして川に落として、間に合わなかった事にすれば……」


 男達は手を叩いて小躍りする様に、涼夜迦目掛けて飛びかかった。


「ひっ……」


 涼夜迦は吃驚して、顔を歪めながら逃げようとするが、男達の手に抑え込まれて、身動きが取れなくなった。


「お辞めください。わたくしは龍神様にこの身を捧げねばなりません。あなた達に汚されるわけには参りません」


 涼夜迦はそう言うと、徐ろに舌を噛み切った。


「ちっ!舌を噛んだぞ」


「くそ!」


 男達はそれでも惜しむ様に、涼夜迦の着物を剥ごうと手をかけた。


「痴れ者共め!」


 物凄い形相の白蘭が、男達を睨め付けて身動きを取れぬ様にした。

 そして一人一人恐怖で怯える男達の口を開けて、舌を引き抜いた。


「大神様が見初められし美女を、高々のお前らが汚せるものではないわ!よいか、大神様はこれより処替えを致される。今迄只々恩情で龍神の役を為されておられたが、これよりはその恩情はなくなる。龍神が目覚める日まで、旱魃は続くと覚悟致しておけ!」


 白蘭はグッタリと事切れた涼夜迦を抱きかかえると、そう言い残して川の中に消えた。

 舌を引き抜かれた男達は、当然の事ながら、苦しみ抜いて死んで行った。


「しっかりなさりませ、お美しいおひと」


 白蘭は涼夜迦に声をかけながら、大急ぎで大神様の元に飛んだ。


「なんと!」


 大神様はその美しさからは想像もつかない、涼夜迦の行動に感嘆して言われた。


「何も舌を噛み切らずとも……」


「下賎な男達に汚された身では、大神様にお仕えできぬと、思いつめたのでございましょう」


「……それとは、どの様な仕えであろうか?」


「大神様に仕えるものは、汚れてはなりませぬ。……が、この者はそれを果たし、気概もございます。お側に置かれては如何かと……」


「うーん……」


 大神様の困惑に、白蘭は幼き頃よりのお仕えの勘から


「大神様。大神様は猛々しく強固でそれはそれは厳格でございます」


 と言った。


「うむ」


「しかしながら、お生まれながらにお持ちの〝もの〟も、強固で頑丈であるがゆえに、お世辞にも美しいものとは言えませぬ」


「ふむふむ」


「この者は実に美しく、言うならば天においては虹の如く、海においてはキラキラ輝く水泡の如くにございます」


「白蘭よ。何を申したいか、もちっと解りやすく申してみよ」


「つまりは、この者が産みし大神様のお子は、それは美しい様相でございましょう……」


「私の子とな?独神の私のか?」


「さようにございます。尊くも大神様は独神ゆえ、ご誕生の砌より大神様にございます。しかしながら、人間との間にお子を儲ける事は、可能かと存じます」


 大神様は涼夜迦を見つめられながら、暫し思案をなされている。


「それより何より。身を呈して大神様に捧げ奉る操を守りました事に、どうか恩恵をお授けくださりますよう……」


 白蘭は畏まって言った。


「さようか。ならば……」


 大神様は頷かれると、事切れた涼夜迦の口から、ふーと息を吹き込まれた。


「!!!」


 涼夜迦は微かに目を覚まして、面前で覗き込まれる、それはご立派で神々しい大神様を認めた。


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