第2話

 美女の名は涼夜迦すずやかといい、城主葛の輔の側用人の子だが、決して母も父も美男美女ではない。

 不思議な事にただの平凡な顔の両親から、飛び切りの美女が産まれた。

 母は身分も低い女であったが、余りにも美しい涼夜迦を産んだので、正妻亡き後に正妻の座に就いた。

 そして城主葛の輔の目に留まり、後々は側室として上がる事となっていた。

 だが涼夜迦は、狭心で我が儘で身勝手な葛の輔が嫌いだった、城に上がる日が近づくにつれて、毎日の様に泣き暮れたが、栄華を望む両親には涼夜迦の気持ちなど、理解しようとする事すらなかった。

 旱魃が続きどうにもならなくなった時、葛の輔は何時もの如く、信濃川に住むと言い伝えのある龍神様に、捧げ物をして雨を降らせて頂こうと考えた。

 此の城主一族は、かの昔から龍神様と深い関わりを持つ為、此の一帯を収める許しを、龍神様から頂いているという言い伝えがあり、特に無能な葛の輔は、何かにつけて龍神様頼みの所があった。

 馬や牛家伝の財宝から、作物いろいろな物を貢ぎ物として、過去に多々のお願い事をして来ている。流石に差し出す物に困り果てた側用人である父は、涼夜迦を差し出す事を進言した。

 それには、涼夜迦に執着のあった葛の輔が聞かなかったが、流石にそんな事は言っていられない程に、切迫していた為涼夜迦を差し出す事になったのだ。

 だがしかし、涼夜迦の父はそれ程の切れ者でもなんでもない、ただ途方に暮れていたが、どうしても葛の輔の側室になりたくない涼夜迦が、上手く父を唆して自分を貢ぎ物に差し出す様に仕向けたのだ。

 それ程涼夜迦は、葛の輔が嫌いだった。

 大嫌いな葛の輔に差し出されるくらいなら、民の為に此の身を龍神に捧げて死ぬ方がどんなに良いか……。

 死を覚悟し死装束を身に纏い此処まで来たが、本当に龍神様がお出でになるとは思ってもいなかった。

 涼夜迦は自決を覚悟で来ていたのだ。

 偶々今夜の月は美しかった。余りに美しかったので、今生の見納めと見入っていたので、こうして龍神様にお目にかかりお言葉を頂いた。

 涼夜迦は龍神様のその猛々しくも凛々しく、神々しくも美しいお姿に我を忘れて見惚れた。

 高々の人間のくせに一目惚れしたのだ。

 死ぬ気覚悟の身であるにも関わらず、涼夜迦は龍神様のお側に侍る事を望んだ。

 いや、死ぬ気覚悟であったが為、それを望めたのだ。……そう、どの道死ぬのだ。


「う〜む……」


 大神様は、至極重く唸られると


「暫し待っておれ」


 と、言って川の中に姿をお隠しになられた。

 龍神に恋い焦がれてしまった、絶世の美女涼夜迦は、それは切なげな瞳を川に向けている。


「白蘭……白蘭……」


 大神様は従者白蘭を、川底の暗闇の中で大声で呼ばれた。


「は、はは……」


 白蘭は提灯鮟鱇の灯りを手に、それは急ぎ足で大神様の御前にやって来た。


「如何されました大神様?」


「あの者が……貢ぎ物が、私の側におりたいと申すのだ」


「それはまた……」


 白蘭は吃驚する様子を見せずに、落ち着いて言った。


「如何致したらよいか?」


「如何致したら……と申されましても、貢ぎ物でございますゆえ、御前に置かれればよかろうかと?」


「御前に置いて如何致すのだ?」


「如何も何も……大神様の意のままに」


「それが解らぬから、こうして参ったのだ」


「はあ……で、あの者は?」


「ゆえに、解らぬから彼処に置いて参った」


「彼処?でございますか?」


「おお、彼処だ」


「何ゆえお持ち帰りになりません?」


「ゆえに、どう致せばよいか、其方に聞いてからに致そうと……」


「大神様!あれ程の美女はおりませぬ。よろしいですか?あれ程の美女が誕生し、それが貢ぎ物として参ったのです、天意です天・意」


 白蘭は物凄く力を入れて言った。

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