大神の花嫁

婭麟

第一章 光合成大神は美女に一目惚れされ、そして籠絡される

第1話

「大神様、信濃の葛の輔様からの貢ぎ物を、如何致しましょう?」


「葛の輔が、また何やら願いを申して参ったか?」


「此度の旱魃に難儀致し、雨を降らせて欲しい所存にございましょう」


「ふむ。……して、今回は何を差し出して参った?」


「美女にございます」


「美女?それは……」


 大神様は呆れた様に、従者の白蘭をご覧になられた。


「確かに私は独神であるゆえ、美女を差し出されても、激怒する妻はおらぬが……」


「しかしながら、それはそれは眼を見張るばかりの美女にございます。彼方此方に御坐す女神様方も、きっと驚かれるほどの……」


「ほう?人間にも女神に勝る美女がおるというか?」


「一見の価値がある程でございます。……でなくば、私が大神様に貢ぎ物について、此処まで申し上げません」


「なるほど……」


 大神様は大きく頷かれると、白蘭をご覧になられた。


「ならば一目見る事と致そう」


 大神様はそう言われると、美女の待つ信濃川の辺りにお姿をお見せになられた。

 そのお姿は猛々しくご立派で、神々しく輝いておられた。


「龍神様にございますか?」


 美女は死装束に身を包み、それは美しい顔を月明かりに照らし出した。


「なるほど……。天に輝く天照よりも美しい……」


 大神様はお顔をお近づけになられて、しみじみとご鑑賞なられた。

 美女は猛々しいお姿の大神様を見ても怯える事なく、じっとそのつぶらで潤んだ瞳を、大神様に向けてくる。

 大神様はその仕草が、殊の外お気にめされた。


「其方私を恐ろしくはないのか?」


 大神様は優しく問われるが、声は低く枯れている。

 だが、美女は恐れおののく事もなく、大神様に気に入りの瞳を向けたまま


「畏れ多い事とは存じますが、何故に恐れるなど……。この様に猛々しく神々しいお姿なのに……」


 美女は崇高なお姿に身を縮める思いはあれど、そのお美しいお姿に怯える素ぶりは微塵たりとて見せない。


「ならば、其方の意に任せると致そう」


 大神様は美女にそう言われた。


「わたくしの意……でございますか?」


「さよう。其方は如何致したい?私の貢ぎ物となって、此の川の底に沈むか?それとも、このまま生き長らえるか?」


「わたくしは城主様より、龍神様の貢ぎ物になる様仰せつかりました。ゆえに、我が身をこのままに生き長らえる事は叶いません」


「なぜだ?」


「わたくしは城主様の側用人の者の娘にございます。此度の旱魃に雨を降らせて頂く為に、父よりくどく言い聞かされ此処に参りました」


「ほう?どの様な事ぞ?」


「ただ民の為に、我が身を捧げよと……」


「民?」


「旱魃で作物は枯れ、川も枯れ始めております。疫病も流行り食べ物は、貧しき人々の口には入りません」


「雨が降れば民は助かるか?」


「作物が実る程の雨ならば、作物が育ち食べる物に不自由はしなくなります。食べる物がたんと有れば、貧しき者達にも行き渡り、疫病から助かる者も増えます」


「なるほど……ならば、雨をほどほどに降らしてやろう。ならば、其方は生き長らえる事ができよう?」


 美女はしみじみと大神様を見つめた。


「龍神様はわたくしを、お気にめされませぬか?」


 と聞いた。


「ふーむ?気に入ったか入らぬかと申せば、気に入っておる」


「ならば、何故貢ぎ物として、お受け取りくださいませぬ?」


「いや、もろうても別段かまわぬが……」


 大神様は少し考え込まれた。


「其方は此の川の底に沈みたいのか?」


「それが龍神様と共に居る術であるならば、そうしとうございます」


「うーむ……」


 大神様は、困惑の色を隠せずに唸られた。


「其方の意図が解らぬのだが?」


「わたくしは、龍神様と共に居たいのでございます」


「そこのところが……」

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