第93.5話 夫が知らぬ妻の顔


「…………やっと、か」



 社の離れの一室で、縁側に腰かけて水面を蹴る。


 広く広い池に波紋が広がり、半ばの半ばまで届かずに途中で消えた。地球にいた頃、どんなに頑張っても大した結果に結びつかなかった過去を思い出し、今成し得ようとしている結果との差に抑えきれない笑いが込み上げてくる。


 ようやっと……ようやっと私は、私の存在意義を成し得るのだ。


 人口爆発が過ぎた地球では、繁栄など枯死の材料にしかならない。創造神のクソは上位神たる私の力に制限をかけ、緩やかな滅びの道へと舵を切った。


 おそらく、十数年で人類に対処不能な問題が発生する。


 数十年かけて徐々に広がり、百年かけて戦争を起こす。急激な変化に人々は死に絶え、わずかに残った生き残りが箱舟のノアのように世界と社会を復活させる。


 そんな最低の筋書きに、私は私でいられない。


 だから、私は配下の女神達を連れてディプカントに来たのだ。


 この世界で、私達が私達である為に。



「キサンディア。アーウェルとクロスサにも招待状は来ているのか?」



 離れの中にいる青の女神に声をかけ、中から四枚の招待状が廊下の上に放られた。


 それぞれにそれぞれの宛名があり、私とアーウェルは黒い封筒、キサンディアとクロスサには白い封筒が使われている。


 出してきた相手は一目瞭然で、私は拾い集めて一つに束ねた。



「見ての通りです。ルエル神とアイシュラ神の代理戦争に巻き込まれかねません。回避する策は幾つか考案済み。ただ、情報の少なさが問題ですね」


「しなずち達が集めてくる事を祈ろう。ダルバスの討滅はあとどれくらいかかる?」


「三日かからないのではないかしら? 試算ではもう少しかかる予定でしたけど、グランフォートでしなずち相手に手札の殆どを使い切っていた模様との報告があったから。奴隷達の信仰もアーウェルに移ったし、尖兵も逃げ回っている教皇を残すのみ」


「先んじて招待状を寄越す所から見て、神々も大勢は決したと判断したか。討滅が済んだらアルファンネスで会議を開く。第三軍とギュンドラの現状報告も聞いておきたい」


「伝えておきましょう」


「それと…………」



 屋内に向かって手を招き、表に出てくるよう無言で促す。


 僅かな戸惑いが間を作り、シーツ一枚を巻いた青の女神が姿を晒した。頬をほんのり赤く染め、先程までの余韻がまだ抜けていない事を示している。


 平静なのは口調だけ。


 隠された場所から足首まで、彼女の本能が伝わり垂れる。さっきまでしていたのは準備の段階だというのに、昔からこういう堪え性のない所は変わっていない。


 私は自身の谷間に手を入れて、私達だけの秘密を取り出した。


 指一本程度の大きさの、脈動する血と肉の棒。


 しなずちには内緒にして分離させている、しなずちの身体の半分だ。



「今日の形はどうする?」


「しなずちの今の姿で、サイズはこのくらいにしましょう」


「あぁ…………あまり大きすぎると将来の旦那で満足できなくなるぞ? いくら奥の入り口辺りが一番良いからってやり過ぎると――――」


「その時はしなずちに貰ってもらうわ。もう今更ですし」



 キサンディアは私の隣に座り、棒を奪い取って力を流した。


 圧縮された血肉が膨張して成長し、幼さが残る少年の裸体へと形を変える。瞳孔は開きっぱなしで目に光が無く、死体のように見えるが、生命の熱と鼓動はしっかりはっきり誇らしく主張していた。


 自らの谷の中に埋め、欲の息を彼女は漏らす。



「最初に見初めたのは私だぞ?」


「さぁ、どうかしら? 私は貴女が圭を知る前からアレの監視をしていたのよ? 看護師を装って何度も遊んであげたし、アレはベッドから動けなかったから簡単に二人きりになれた。実は、初めては私だったりするのかも?」


「だとしても前世の話だ。今世の最初は私で、他の誰でもない」



 頬を膨らませて不満を示し、私はしなずちの半身を奪い取った。


 私の谷に挟んでぎゅっと抱きしめ、キッと睨む。


 出来るだけきつめにしたつもりだったが、キサンディアは全く臆さなかった。シーツを池に放って構わず抱き着き、私と一緒に幼い肉を女の間の谷底に落とす。


 穏やかな微笑みが、私を正面から受け止めた。



「冗談よ。気にはなっていたし隙はあったけど、手は出さなかった。ノーラに幼い恋心なんて見せられて、裏方に回る事を選んだの」


「その割には、手を出すのを禁じていたな?」


「今のしなずちとノーラだと絶対に出来ちゃうでしょう? 孕ませておいて女を放っていくなんて最低の所業です。貴女の時みたいに、侵攻より愛を交わす日々を送って欲しいだけ」


「…………カーマの事を何で知ってる?」


「知の女神の名は伊達ではありません。それに、ヴィラは昔から隠し事は苦手だったもの。ね?」


「……むぅ」



 からかうキサンディアを直視できず、私は目の前の白い谷に顔を埋めた。


 しなずちの肉人形に下を行かせ、私は上から丘を攻める。水溜りで足踏みをしたような音と艶っぽい声が漏れ、しかし、まだ余裕があるのか優しい手付きで頭と髪を撫ぜられた。


 緩急を付けたり、激しく開墾したり、今の姿勢で出来る手を色々駆使しても、解れた土壌はしっかりしていて崩れる気配が全くない。


 もう少し効いてくれてもいいだろうに。このムッツリエロ女神。



「貴女は――んっ――――色々と抱え過ぎです。もっと私達を頼って良いんですよ?」


「無駄口叩いてないでさっさとイけ、このっ」


「要所を攻めずに何を言っているのですか。ちょっと反撃しますよ? だらしなく舌でも出しなさいな」


「っ!? ぁ――っ!」



 しなずちしか知らない筈の最大の弱点に指先がかかり、それだけで背筋が跳ねあがる。


 何度も何度も舌で舐られ、撫ぜられ、突かれ、開発されたそこは普通なら狙われない場所だ。だからこその油断というか、守るような場所でもないから簡単に攻め入られて脊椎から脳髄に稲妻が昇る。


 一回、二回、三回目から急に速く強く、天井の行き着いた後の浮遊感を経て真白な世界が目の前に迫った。


 避けられず、頭から落下する。


 衝突の一瞬恐怖がよぎり、しかし、柔らかな白山は私を優しく受け入れてくれた。衝撃から痛みを感じる事はなく、甘く酸っぱい雌臭が着地と同時に湧き舞い上がる。開墾はあと一歩のところまで来ていたのだと直感的に理解して、陥落できなかった不甲斐なさに繁栄の女神のプライドが大きく傷付いた。


 アーウェルなら、もう三回は果てていただろうに。


 何でお前はそんななんだ。



「――――ここは地球ではありません。もっと我儘で良いんですよ?」


「うる、さいっ」


「強情な所は誰に似たのかしら。貴方の本体もそう思――――?」


「?」


 キサンディアが困惑の表情を浮かべ、胸の下の死角を手で探り始めた。


 そこは私が差し向けたしなずち人形が弄っていて、単調な手と舌遣いで白い肌を撫で回しているだけ。幼子に相手をさせる背徳から気分を高揚させる効果はあっても、刺激としては薄く気にするほどでもない。


 別に、何もない筈。



「……え? んっ!? ちょっ、そこはダ――ッ!?」


「キ、キサンディア!?」



 私の攻めに耐えきった性豪の身体が、下半身から痙攣しだして上半身も跳ね上がる。


 派手な水音が下でして、果てた雌の匂いが一気に広がった。気を失ったのか仰向けで後ろに倒れ、プルンでもブルンでもなく、重みを伴ったダプンッという大きな揺れを視覚だけで脳内に再生する。


 いや、それはまた後だ。


 少し体を離し、私からも死角となっていた胸の下を確認する。


 本当なら、いつも通りに私達の捌け口をしている肉型が在る。意識がなく、呼吸がなく、瞳孔を開かせて鼓動と怒張だけしているしなずちの形が――――



「ヴィラァ……」



 今にも泣き出しそうな顔で私の名を呼び、その後の事は『凄く良かった』としか覚えていない。

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