第93話 神界への招待
家具というものは如何なるものか。私はそれをソウに徹底的に教育した。
芸術性、独創性、機能性で個のバランスを取り、部屋や他の品との統一性を考慮に入れる。寝室や書斎などの目的に合わせた組み合わせは必須と言え、破綻しそうな時はクロスなどの小物でアレンジを加えて全体の調和を確立させる。
そこに、偏った要素は必要ない。
今私達がいる空間は、古代ギリシャに見られる彫刻の施された柱が並んでいる。冷たく無機質な石に芸術を加えて神秘に変え、しかし、他にあるのは鎖の塵滓と殺風景で無駄に広い空間のみ。
ここに生物的な品は合わない。
どうしても入れたいなら、ベースは柔らかさではなく硬さだ。
地球のミケランジェロの彫刻などが特に良い。素材の石が部屋との合一を保証し、人型の丸みが温もりを醸す。無機に有機への手を差し伸べ、そこで初めて観客の存在が許される。
一歩目を間違えてはいけない。
『がしゃどくろじゃないから、骨を作るのは苦手なんだがなぁ……』
身体から骨のパーツを生み出し繋げ、ソウは樹状のポールハンガーを一つ仕上げた。
骨の主成分はカルシウム。
密度によって硬度が上がり、白い色からこの場に合う家具を作れる。ポールハンガーはその一つで、なにもかけなくても樹のオブジェとして生物的な橋渡しを為し、毛皮のコート等をかけるだけで生物と非生物の濃い調和が生まれる。
実体でないのがとても惜しい。
聞けば、今のソウは単なる虚像に過ぎず、干渉できるのは魔的か神的な要素のみとの事。封印の鎖のような強力な魔力の塊でないと素通りしてしまい、マタタキに着せた羽衣等は透過して地面に落ちる。
正直、彼に家具を作らせるのは無駄だ。
だが、必要なのは認識を改めさせる事。
将来起こり得る暴走の芽を摘み、代わりに新たな境地の種を植える。最悪の未来を回避する事が重要であり、間違っても猟奇的な嗜好を野放しにする事ではない。
私はハンガーを部屋の隅に配置し、少し中央に寄せ、また少し端に寄せる。
壁に当たらず、生活圏を脅かさない、絶妙な距離感が空間美の原材料。脳内に生み出される想像上完成型の片鱗を見せられれば、後は自力で育って行く。
彼にはそれだけの頭がある。
センスは…………蓼食う虫も好き好き、とでも言おうか。
「この辺りに置くと、ソファーとテーブルの位置はこの辺りかな。色は白で統一するも良し、黒や赤、青なんかのクロスを混ぜると違った趣も楽しめる」
『うぅ~ん……もっとこう、触手が触手で触手を…………』
「そういうのは自分の部屋でやれ。とりあえず、基本は個ではなく全を見て。一つだけ合わせても調和が取れなくて浮いてしまうから、好みに合わせたいなら漏らさず徹底的に追及する事。どうしても触手で触手がしたいなら、壁や柱、床、天井とかにたっぷり這わせて蠢かせれば良い」
『そうか、その手があった! そうと決まれば、神界宮殿を早速飾りつけしてこよう! 仕上がったら招待するから――――』
「その前に、これからの話をするって行ってただろうが。そっちの事はどうなった?」
『触手に比べれば些末事だ』
キリッと大真面目な表情を浮かべて、ソウは自身の脳みそが穴だらけである事を披露した。
最初の黒幕的な雰囲気はどこにやったのか、触手触手触手と触手ばかりの触手馬鹿になり果てている。「これなんかお勧め」等と、椅子状に枝分かれした触手樹なんて差し出され、形状と用途が完全に椅子である事に軽い失望を感じてしまった。
触手である前に椅子なのか?
椅子である前に触手じゃないのか?
お前、本当に触手が――――いや、もうやめよう。好みの問題に口を出しても平行線を辿るだけ。さっさと用件を済ませてマタタキに子作りの仕方を教えないと。
部屋の隅で自習している裸体を一瞥し、私は私なりの触手椅子を作って座った。
十三本を簀の子のように一定間隔で縦に並べた、背もたれ付きのデスクチェア。一本一本を好きなように曲げて伸ばせ、端の形状も自由に組み替えられる。
触手であり椅子。椅子であり触手。
私の価値観の発露に、挑戦的な視線が交錯する。
触手樹の椅子に座ったソウは幹から新たな触手を生やし、食虫植物のように身体を包んだ。私を向く一方だけは開けて見せ、内部の動きが如何にいかがわしいかを自身の身体を使って存分に紹介してくる。
そうか。無害な樹齢で座らせて、有害な樹齢に成長させるのか。
私の認識が足らなかった事を頭を下げて謝罪する。どうやら、こと触手に関しては彼の方が上手のようだ。素直に認め、触手を椅子に戻して真正面から真っ直ぐ見据えた。
『誘い受けに見せかけた捕え攻めこそ触手の先駆け。よく覚えておくように』
「承知した――――って、そうじゃないだろ! 本題に入れ、本題に!」
『本当に大したことはないんだが…………アルセアがいなくなって、もうすぐダルバスも滅される。神界の再編成をしなければならないから、君達をディプカント神界会議に召喚する予定でいる』
「っ!?」
『会議の内容如何で、女神軍はディプカントの神として列される。正式な通知はアイシュラとルエルがするから、しっかり準備して待っているように』
私は両手を思い切り握りしめ、湧き上がる歓喜を全身に巡らせた。
幾度となく苦難を乗り越えて来た一年半。それがやっと実を結び、果たされる時が来た。確定ではないとはいえ、この世界でのヴィラの存在権がようやっと確立される。
すぐにでも社に帰って、ヴィラを抱きしめたい。
立ち上がる私を、しかし、ソウは掌を向けて制した。何かあるのか着席を促し、胸中を回る焦燥感に喉が酷く渇いて渇く。
『追加でもう一つ。女神軍の四柱だけでは、アルセアが抜けた枠を埋められない。追加で成り上がりを選定する必要がある』
「? 私達に何の関係が?」
『自覚していないのか? 妖怪しなずちを崇める信者は、昨日の時点で三十八万を超えた。神を神たらしめるのは信者達の信仰だ。女神軍四柱を単独で凌ぐ君は、君の主神よりも神に近い所にいる。つまりは――――』
早鐘が鳴り始めるのが聞こえた。
渦巻いていた焦燥が延焼を続け、吐き気を覚えて気分が悪い。意図していなかった、想像してすらいなかった事実を突きつけられ、視界と思考がぐにゃりと歪んだ。
崩れるように膝を着き、尻餅をついてそのまま俯く。
心にあるのは謝罪と後悔。主神の為の尖兵なのに、何を間違ってこんなことになった? ひたすら自問自答して、自分が間違っていたのだと答えを出す。
『女神軍の筆頭神は君だ。しなずち』
私は両手で顔を覆って、声にならない音で泣いた。
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