第94話 今更な事実と女神の腹案(上)


「しなずち。断っておきますが、私は決して性欲に負けて貴方の身体を使っていたわけではありません。将来ノーラの中に入る物を身をもって知っておくことで、知の女神としてあの娘を導こうとしていただけ。決して、えぇ、決して間違ってはいけませんし勘違いしてはいけません」



 急いで池から回収してきたであろう、ずぶ濡れのシーツで前を隠すキサンディアは至極苦しい言い訳を宣った。


 実の所、分離した私の半身をヴィラが持っていて、キサンディアと二柱で使っていたのは知っていた。


 たまに意識だけ同期して堪能させて貰っていたし、その時のピロートークの数々もしっかりばっちり覚えている。結構重要な物も含まれていて、一番衝撃を受けたのは、前世で何かと世話を焼いてくれた看護師がキサンディアだった事だ。


 言われてみれば、髪と肌の色以外は瓜二つだった気がする。


 でも、だからこそ、私は勘違いしてしまいかねない。


『今だけは私のモノ』とか『出来たら……うん』とか、事前事中事後と意味深な発言を繰り返されて、まるでそう仕向けられているんじゃないかと何度も思わされた。


 この機会に確認しておこう。


 私をどう思っているのか。



「キサンディア様。私の半身をお預けしたいのですが、宜しいですか?」


「っ! か、考えておきますっ」


「本当なら一人用にすぐにでも欲しいくせに。――――で、しなずち。一体何があった? お前は身体が滅べば序列順に巫女から産まれ直す筈。今までも意識を移す事はあっても、魂ごと移す事はなかっただろう?」


「!?」



 信じられない物を見るかのように、キサンディアの目が見開かれる。


 言い逃れできない事を悟り、耳のたぶまで紅くなった顔を布一枚の向こうに隠してしまった。垂れさがる半透明が身体に近くなって肌に吸い付き、彼女の知より大きな美しい形を裸体よりいやらしく強調して覆い透かす。


 柔らかさと音色はまたの機会に堪能するとして、私はヴィラに改めて向き直った。


 愛する神に愛を注がれ、心に平穏が戻っている。意識もはっきりしていて、焦りも混乱も何もない。


 今伝えるべきを、しっかり紡ぐ。



「ディプカントの創造神から接触があった。ダルバス神の討滅後に神界会議が開かれ、ヴィラ達をアルセア神とダルバス神が抜けた席に収めるか決めるそうだ」


「そんな意図があったか。招待状自体はもう届いている。その時が来たら知らせが来るから準備しておけ、だそうだ。他は?」


「…………凄く言いにくい」



 平静になっても、いや、なったからこそ、心と理性がブレーキをかける。


 ソウに言われた、『君への信仰は、女神軍四柱を単独で凌ぐ』の言葉。


 言ってしまえば、ヴィラはきっと傷付く。主神の為の尖兵が、主神を差し置いて何をしているのかと。責めの言葉を向けられてもおかしくなく、存在意義の揺らぎが、強く恐怖を揺さぶった。


 はぐらかせる物ならはぐらかしたい。



「なら言わなければ良い。しなずちは私の尖兵だ。言わない事も私を想っての事だろう」


「……ごめん」


「気にするな。――――キサンディア。いつまでも天然無垢の処女みたいに誘っていないでしっかり見せ付けてやれ。それと、今後の事について少し話しておくのも良いだろう。あの事とか」


「……え? あの事を?」



 透けている事への羞恥心は一切見せず、当惑に染まる青の瞳がヴィラに向く。


 私が前線に出ている間に何かあったのか。シムカからの報告がない事を考えるとかなりの直近の出来事か、序列一位にも明かせない高レベルの問題か。


 どちらにしても、この二人の口から出てくるのであれば相応の事態だ。


 主要な巫女達は出払っているから、残っている朱巫女と黒巫女、死巫女達を思い起こす。対処に必要な能力に優れた娘達を選りすぐり、見事に求めに応じて見せよう。


 姿勢を正し、かけられる言葉を待つ。



「しなずちは、民の信仰がどの規模でどこに向かっているか知っているか?」


「ゴメンナサイ」



 額をうっ血するほど廊下に押し付け、私は真っ先に謝罪した。


 顔が見えないから表情はわからないが、声色は嫌に静かで淡々としていた。怒りか失望か諦観か、窺えない感情を前にして全身から汗がぶわっと吹き出す。


 なんで自分から報告しなかったんだ、私のバカッ!



「知ってるなら話が早い。キサンディアが開発した信仰測定術で私達四柱の信仰数を確認した所、第一から第四軍までの全支配域で総人口に比べて少なすぎる事がわかった。調査の結果で他に信仰が向いていると判明し、ある程度の範囲まで絞ったらお前の関わった場所ばかりだったんだ」


「それだけでなく、十日程前から貴方への信仰が爆発的に増えました。特に変動が大きかったのはカルアンド帝国。まるで国一つが信仰神を鞍替えしたのかという勢いで、調査の為にノーラを長とした第二軍の部隊を派遣してあります。数日中には結果が出る予定ですけれど、心当たりは?」


「……勇国攻めの為に帝国を抑えるよう、第一陣にレスティと死巫女衆、第二陣にユーリカと現地加入した巫女達を派遣しました。何をしても良いと命じたので、原因はおそらく彼女達かと」


「そうですか」



 答えへの応えが重く圧し掛かる。


 一語の度におろし金で精神を削られる錯覚を覚え、天地が前後左右上下の六方に気まぐれに過ぎる程傾き続けた。人間だったなら吐いて気絶しかねない苦痛の連続に、奥の奥の底が音を立ててひび割れる。


 ――――ひたり。


 ひたり、ひたり。


 ひたりひたり、ひたり。


 木の床に肌が吸い付く音が近づく。


 正面の方向からして、ヴィラがすぐそこまで寄ってきたとわかった。ポタポタ垂れる水音も至近にあり、次いで床を伝った膝を着く振動が仮初の頭蓋をコツンと小突く。



「よくやった、しなずち。お前のおかげで、上位神共の抗争に巻き込まれなくて済みそうだ」


「…………え?」



 思いもしなかった言葉に頭を上げた私は、扇情的な悪い笑みを浮かべる主神に仰向けに転がされた。

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