第95話 守護霊の仕業
守護霊って、本当にいると思うかい?
僕は霊感が無いから分からないけど、とある視える人から、こんな話を聞いたことがある。
守護霊っていうのは確かに存在しているけど、必ずしも全員に憑いているわけではないし、一人の人間に一生憑いて回るわけでもない。しかし、どんな人間だろうと、必ず守護霊が憑く期間が一生の内に一度はある。一生の内に何人もの守護霊が代わる代わる憑いて回る人間もいれば、一生の内の僅かな期間に、たった一人だけの守護霊が憑く人間もいる。
つまり、守護霊にも個人差があるってこと。
本当かどうかは知らないけどね。まあ、でも、納得のいく話だなと思ったよ。守護霊が一生憑いて回るなんて信じられなかったし、世の中には理不尽な不幸に見舞われる人ばかりじゃないか。守護霊がもし一生憑いて回る存在なのなら、みんな守られて幸せになっているはずだからね。
でも・・・、守護霊という存在。それが必ずしも、善い存在ではなかったとしたら?
これからするのは、そんな感じの話だよ。
—守護霊の仕業—
ある時、大学の後輩からこんな内容の連絡が来た。
先輩って、怖い話好きでしたよね?
そうだよ、って返事をすると、会わせたい人がいる、って言う。
どういうこと?って訊いたんだけど、後輩は、それは会ってから説明します、とだけ返してきた。
僕はちょっと身構えた。その後輩とは前にも一度、似たようなことを言われて、妙な奴を紹介されたことがあったからね。
その時、後輩は、お香を焚くのが好きなインチキ霊能力者を連れて来たんだ。適当なことばっかり言って、小銭を稼いでいるようなケチな男だったよ。お香があなたの真実を・・・、とかなんとか言ってたっけ。
なんでインチキかどうか分かったかって?
僕は知り合いに、いわゆる視える人がいるんだよ。ほら、さっき話した人さ。その人に、付き添いを頼んだんだ。今度、変なことを言う奴と会うからついて来てくれないかってね。
その人のおかげで、そいつがインチキ霊能力者って分かったんだ。なんでも、その人、前日の晩に近隣の心霊スポットを巡りに巡って、わんさか背中に幽霊をしょってきたらしいんだよ。インチキ霊能力者はそれが視えなかったらしくて、それで瞬時に見抜いたらしい。
それで、そのインチキ野郎を退治してやった、みたいなことは無かったんだけどね。暇つぶし程度に話を聞いて、一応後輩の顔を立ててあげたんだ。
でも、ふふっ。帰り際に、その人が自分の身体に塩を振りながらクスクス笑ってたからさ。どうしたのって訊いたら、
あのインチキ野郎に一体なすりつけてやったよ、って言うんだ。思わず笑っちゃったね。
それで、今回もその人に付き添いを頼むことにしたんだ。後輩のことだから、また妙な奴を連れてくるんだろうと思ってね。
後輩とやりとりして、場所と時間を決めて、予定を立てた。その視える人にも連絡しておいて、来てもらう手筈を整えた。
一体どうなるかなって、ちょっとワクワクしながら待っていたら当日になって、落ち合う場所であるファミレスについた途端、視える人から、ちょっと遅れるって連絡があった。
もしかして、また心霊スポットでも駆けずり回ってるのかな?ほくそ笑みながらファミレスに入ったら、後輩たちが席に着いて待っていた。
先輩、紹介したいって言ってたのは、こいつです。
そう言う後輩の横には、僕が言うのも何だけど、ちょっと冴えない感じの青年がいた。線が細いというか、人見知りっぽいというか。
ああ、どうも。
挨拶すると、青年は、
・・・どうも。
って、消え入りそうな声でボソッと呟いた。
インチキ霊能力者かと思ってたら、どうも違うらしい。この人はどういう人なんだ?
ちょっと拍子抜けしていると、後輩は青年の肩を叩きながら、こう言った。
先輩、こいつはね、不思議な星の元に産まれついてる奴なんですよ。多分、一等級の守護霊が憑いているんです。
不思議な星の元?一等級の守護霊?
どういうこと?って訊くと、二人は絶妙な塩梅で協力しながら、つらつらと語りだした。
俺はね、こいつを小学生の頃から知ってるんですけど、こいつは、まあとにかく不幸をすんでのところで回避する奴なんですよ。
始まりは何だったっけなあ。始まりって言っても、今思い返してみればって感じなんですけどね。
小学二年生くらいの頃に、遠足があったんですよ。近くの山の上にある自然公園まで歩かされて、そこで弁当食べるだけの遠足だったんですけど。
その帰りに、一列になって歩いてた俺たちに、軽トラが突っ込んできたんですよ。
ほとんど目の前でですよ。同級生たちの身体が吹っ飛んで、すぐ横の側溝の鉄柵に叩きつけられて。みんなパニック状態でした。わんわん泣き出す奴もいれば、その場から逃げ出そうとした奴もいました。終いには引率してた女の先生も泣き出す始末で。
結局、一人は即死。二人重体だったかな。運転手は痴呆気味の爺さんでした。よく覚えてないけど、あの後どうなったんだろうなあ。
まあいいや、それでね。その時、俺はこいつの後ろを歩いてたんですけどね。こいつが急に、立ち止まったんですよ。それで、こいつより後ろだった連中は助かったんです。
もし、こいつが立ち止まって列を止めてなかったら、俺たちは巻き込まれてたでしょうね。なあ、あの時なんで急に立ち止まったんだっけ?
・・・溝に魚がいた気がしたんだ。
ああ、そうだったな。
それで、次はね、小学五年生の頃だったかな。友達五人くらいで、自転車で街を走ってたんですよ。確か、プールに行った帰りだったかな。
そしたら、急にこいつが自転車から降りて、しゃがみ込んだんですよ。
みんなで、おい、どうしたって訊いてたら、真横でドチャッ!って変な音がして。
振り返ったら、人が潰れてました。飛び降り自殺です。目の前のマンションのベランダから、住人が飛び降りたんですよ。
あの時もパニックだったなあ。振り返った瞬間は、みんな顔面蒼白で何も言えなかったけど、近くにいたおばさんが叫んだ瞬間にもうダメになっちゃって。俺もしばらく、その光景が夢に出てきたっけ。
その時も、こいつが自転車から降りてなけりゃ、多分俺たちの内の誰かは飛び降りに巻き込まれてたんじゃねえかなって思うんですよ。ほとんど真横でしたからね。なあ、あの時どうして自転車から降りたんだっけ?
・・・急に、おなかが痛くなったんだ。
ああ、そうだったっけ。
それで、次はね、中学生の時なんですけど、みんなで川に泳ぎに行ったんですよ。俺とこいつと、友達と、友達の兄ちゃんと、その友達とで。友達の兄ちゃんの車に乗せてもらって。
大きな川でね、真ん中に中州っていうのかな。砂利が溜まった陸地があって、そこでバーベキューしながら、みんなで楽しくやってたんですけど。
急にこいつがね、川から出よう、って言ったんですよ。どうしたんだよ、って訊いたら・・・、なあ、何て言ったんだっけ?
・・・車に忘れ物したから。
ああ、そうだった。で、俺とこいつと友達と、その兄ちゃんで車に戻ってたんですよ。ついでに、食材とか遊び道具とか取りに行こうってことになって。兄ちゃんの友達は酒飲んでぐでんぐでんだったから、中州に置いてったんですけど。
川から出て、土手を上った直後くらいだったかなあ。そういえば、上流の方がやけに曇ってるなあって思ってたんですけど。
土砂を巻き込んだ鉄砲水が来て、何もかも浚って行っちゃいました。バーベキュー会場も、置いてた荷物も、兄ちゃんの友達も。
あっという間の出来事で、何もできませんでしたよ。兄ちゃんは気が付いてて、逃げろって叫んでたけど、ぐでんぐでんだったから間に合わなくて。結局、大分下流の方で見つかったみたいです。あの時は滅茶苦茶起こられたっけなあ。友達の兄ちゃんなんか、責任感じて引き籠りになっちゃったし。
あの時も、こいつが車に戻るって言いださなけりゃ・・・。
それから、同じ類の話を二つか三つ聞かされたよ。
要するに、その青年は何度も九死に一生を経験しているらしいんだ。それも、毎回
ギリギリ、寸前のところでね。
なるほど確かに、それは不思議な星の元に産まれついてる、って言ってもおかしくない。世にも奇妙な、なんとも不思議な話だ。
そう、不思議な話なんだよ。ただそれだけの。
別に怖い話じゃないじゃないか。一等級の守護霊が憑いているんです、なんて言ってたけど、僕はそんな不思議な話を期待していたわけじゃない。
これなら、インチキ霊能力者と会ってた方がまだマシだったかもしれないな。
そう思ったけど、一応後輩の顔を立てなきゃいけないし、当の本人もむっつり黙ったままだ。仕方なく、二人の話をそのまま聞いていたよ。
ええと、これくらいかなあ。ね、先輩、凄いでしょ?
こいつには多分ね、トップクラスの守護霊が憑いているんですよ。もしかしたら、神様レベルなんじゃねえかな。
・・・神様じゃないよ。お母さんだよ。
突然、伏し目がちだった青年が顔を上げた。
・・・僕、小さい頃にお母さんが死んだんです。難しい名前の病気で。
お母さん、死ぬ前にこう言ったんです。
死んでも、ずっと見守っててあげるからね、って。
だから、僕はお母さんのおかげで、いつも助かるんです。
その青年の言葉で、場は沈黙してしまった。
へ、へえ、そうなんだ。
ぎこちなく返しても気まずいままで、どうしようって思ってたら、携帯に着信があった。
これは助かったと思って出ると、視える人からだった。ファミレスってどこにあるの?って言うから、ちょっと話をしてくるって言って、そそくさと外に出て行った。
すると、なぜか、その視える人、ファミレスの駐車場にいたんだよ。まるで、建物の影に隠れてるみたいに。
あれ?場所分かってるじゃんか。どうしたのって、近付いていくと、その人は開口一番、
俺は中に入んないよ、
って言って、帰ろうとした。
ちょ、ちょっと、どういうこと?って呼び止めたら、その人は、
・・・お前、なんて奴と話してるんだよ。
って、青い顔をしながら言った。
え?
・・・さっき、窓越しに外から見たんだ。お前と二人組が話してるのを。お前の後輩の横にいた奴、あれは・・・。
・・・もしかして、何か視えたの?守護霊的なやつが。
守護霊?あれが守護霊?馬鹿言うな。もしそうだったとしても、あんなヤバいのが憑いてる奴なんて、今まで見たことねえよ。
・・・え?
あの男の背中に、しがみついてる奴がいる。でも、もう人間の形をしてない。男とか女とか、そういうんじゃない。あれは・・・、何なんだよ。顔が二つ混ざり合ってる。髪は長くて、首が裂けてて、腕が四本ある。腰から下は長く伸びた一本足で、それが蛇みたいにグルグル男の足に巻き付いてる。よっぽど気に入ってるんだろうな。腕も全部、男を抱きしめてる。
そ、それって、・・・どういうことなんだよ?
そんなの知るか、ともかく俺は帰るぞ。あんなのの目の前で、普通でいれる気がしねえ。
それだけ言うと、視える人は帰ってしまった。僕はひとりポツンと駐車場に取り残されたけど、後輩に急用ができたって連絡を入れて、そのまま逃げるように帰った。
それから、後輩とは疎遠になった。当然、その青年とまた会うこともなかった。
視える人とも、それっきり疎遠になってしまったよ。だから結局、青年に何が憑いていたのかは分からない。
でも・・・、青年に憑いているのは、絶対にお母さんなんかじゃない気がするんだ。
それに、後輩が語った青年の過去。
確かに、九死に一生を得たって話かも知れないけど、こうは考えられないか?
あの青年は、頻繁に人の死の瞬間を目撃している。それも、ほとんど目の前で。
・・・それは、あの青年に取り憑いている、得体の知れないモノの仕業ではないのか?
いや、もしくは・・・、あの青年は他人の死を呼び込む性質があるのではないか?
あの青年は、身近にいる人が次々と死んでいく、そういう星の元に産まれていて、得体の知れないモノは、それを気に入って取り憑いているのではないか?
何もかも分からないままだ。でも・・・。
さっき、後輩とは疎遠になったって言ったよね。
間違ってはいないんだけど、正確に言うと、ちょっと違う。
・・・連絡が取れなくなってしまったんだよ。
携帯番号を変えたのかと思ったんだけど、人づてに聞いたら、少し前から行方知れずだ、って言うんだ。
あの青年が、今どこで何をしているのか。
知ろうとも思わないし、できれば知りたくないね。
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