第94話 魔窟のビル

 道祖神って知ってるかい?

 辺鄙な道を歩いてると、たまに見かけない?文字が刻まれた石とか、人を象って掘られている石とか。

 平たく言えば、お地蔵さんや祠も似たようなカテゴリーに入るかな。要するに、道端に石碑や石像で祀られている守り神のことだよ。

 田舎の方に行くとよく見るよね。ちょっとした観光名所になってるようなものもある。

 その用途は、まあ、用途っていうと、神様に失礼だけどさ。ほとんどは災いを防ぐ目的で作られているんだ。

 それもまた多種多様で、土地の境にあるものは疫病を防ぐ目的で作られていたり、村や町の入り口にあるものは、悪霊を防ぐ目的で作られているんだ。道端にあるものは単純に交通安全の為だったり、峠にあるものは旅行安全の為に作られていたりする。

 ただ・・・、これからする話は、本来そんな災いを防ぐ目的で作られた道祖神が、捻じれて作用してしまったのではないか、みたいな話だよ。


 —魔窟のビル—


 何年か前、僕はとある事故物件検索サイトで、近所に事故物件がないか調べていた。もしあったら、見に行ってみようと思ってね。

 はは、悪趣味だって?

 でも、気になるだろ?そういうの。自分が住んでいる街で、悍ましい出来事が起きていないか。

 で、結果はというと、たくさんあったよ。

 流石は大都会だ。アパートの一室で自殺だの、ホテルの一室で心中だの、住宅で白骨死体を発見だの・・・。

 そりゃあそうだよね。人の数だけ死があるんだから、人がたくさんいるところに死がたくさんあるのは当然の事だ。

 あまりにも多すぎて、僕は辟易してしまった。なんというか・・・、ほら、映画がたくさん見れるサブスクに登録しても、あり過ぎて結局見ないというか、そんな感じでね。

 でも、せっかく調べたんだ。どこか、一カ所だけでも見に行ってみようじゃないか。そう思い立って、一番ヤバい物件を探したんだ。どうせ行くなら、一等級のところがいいと思ってね。

 すると、一件、気になる物件を見つけた。

 そこは、とある商業ビルだった。商業ビルっていうよりは、雑居ビルって言った方が正しいかな。

 入っていたテナントは、何を生業にしているのか分からない会社の事務所や、美容系の店。怪しそうなバーに、妙な趣の居酒屋などなど。

 そんな雑居ビルに、事故物件を意味するマークが付いている。何があったんだろうとクリックして見ると、一番上に表示されたこんな文言が目に飛び込んできた。


 ”ここは魔窟です”


 ・・・どういう意味だ?

 そのサイトは、有志が情報を投稿して公開しているシステムだったから、別に文章がカッチリしていなくても不思議じゃない。でも、ここは魔窟です、なんて。

 気になってスクロールしていくと、その下には長々と、どこのテナントでどんなことが起きたかが綴られていた。


 ”一階の居酒屋の厨房を火元とした火災で一人死亡”

 ”一階の事務所のトイレで自殺。刃物で手首を切りつけ、大量出血”

 ”二階のバーで、男性二人が薬物の過剰摂取の後に首を絞め合って死亡”

 ”三階にて、女性が空きテナントの一室に侵入し、首吊り自殺”

 ”四階のバー、アルコール中毒による死者が一名。現在は空きテナント”

 ”四階のテナントにて、改装に伴う外壁の塗装工事中に作業員が転落死。作業員は新装開店する予定だったテナントの従業員だった”


 なるほど、確かにここは魔窟だな。

 納得したよ。十分に説得力のある情報だった。そのビルは四階建てだったんだけど、各階で人が死んでいる。それも、中にはちょっと不気味で不可解なものも混じっている。

 ここに行ってみようじゃないか。

 そう思い立って、実際に出向いてみた。

 ぱっと見はなんてことのないビルだったよ。大通りから外れた路地に建っていて、外壁には看板がひしめき合っていて、お世辞にも綺麗とは言えない、うらぶれた雰囲気を纏っている建物。

 そんなの別に大都会には珍しくない光景だ。それを示すように、周囲には似たようなビルが乱立していたし。

 中に入ろうかと思ったけど、冷やかしで入れるような店はなかったし、そんな勇気は僕にはなかった。

 それで、すごすご帰ろうとしたら、路地の入口に妙なものを見つけた。

 電柱やら、壁を這うガス管やらに挟まれて、ひっそりと石碑が建てられていたんだ。

 石碑といっても、抱えて持てそうなほど小さなものだったよ。それも、きちんと祀られている風ではなくて、平積みにしたブロック塀用のブロックの上に、雑に置かれているだけだった。

 誰も目をかけていないのか、表面は黒ずんだコケがびっしり浮いていて、酷く汚らしかった。そのせいで、何事かが書かれているようだったけど、全く読めない。

 どんな石碑、道祖神も野晒しは野晒しだろうけど、いくらなんでもあんまりじゃないか。そんな風に思いながら路地を出て、帰ろうと通りを歩いていたら、角にあるものを見つけた。

 それも、道祖神だったんだよ。

 やっぱり建物の縁ギリギリに建てられていたんだけど、さっきのとは違って日向にあるせいなのか、表面は綺麗なものだった。多少は汚れていたけど、黒ずんではいなかったし、苔むしてもいなかった。台もブロック塀じゃなくて、コンクリートの石段の上にきちんと固定されていた。

 そして、表面には鳥居のような模様が溝彫りされていた。

 それを見た時、ふと思ったんだ。

 ・・・これ、さっき見たのと同じものじゃないか?

 抱えて持てるほどの、角の丸い縦長の角石。大きさが全く同じに見える。

 だとすると、表面の鳥居は・・・?

 僕は路地の方に戻って、さっきの汚れた道祖神をもう一度よく見直してみた。

 すると、黒い汚れのせいで分かり辛かったけど、表面には鳥居の溝彫りがされていたんだ。表の通りにあったのと全く同じ模様のね。文字が書かれていたんじゃない。鳥居が描かれていたんだ。

 これは、どういう事なんだろう。路地の入口に道祖神。そして、通りの角に道祖神。

 ・・・まるでこの一角を囲うように設置されている?

 僕はもう一度通りに戻って、ぐるりとその一角の縁を沿うように歩いてみた。すると、さっき道祖神を見つけた角を曲がった次の角に、また同じ道祖神を見つけたんだ。

 抱えて持てるほどの、角の丸い縦長の角石。表面には鳥居の模様の溝彫り。日の光を浴びる通りにあるせいなのか、こちらも汚れてはいなかった。

 この一角を四角形とすると、最初に見つけた路地の入口の対角がここになる。・・・となれば、こちらの通りから路地に入ると?

 そのまま進んで、今度は最初に入った方とは違う反対側から路地に入ろうとした。規則性に従えば、同じ形をした道祖神がそこにあるはずだ。

 ところが、そこには何も無かったんだよ。

 反対側の路地の入口には、フェンスとブロック塀で造られたゴミ捨て場があるだけだった。近所の飲食店御用達のゴミ捨て場なのか、酷く生臭くて汚くて、無数のゴキブリとハエが袋にたかっている。

 あまりの臭さに、僕は路地の方へ逃げた。そのまま反対側、最初に入った方へ歩いていると、あの雑居ビルの前を通りかかった。

 その時、僕はふと思ったんだ。

 ・・・このビルで災いが起きているのは、あの道祖神のせいではないのか?

 これはあくまでも推測の話だよ。

 角々に設置されている道祖神は本来、この一角に災いが入って来ないように作られたものだった。四角い土地を囲って、まるで結界を張り巡らせるようにね。

 ところが、四つある内の一つが取り壊されてしまった。ゴミ捨て場が造られたことによって。

 それによって均衡が乱れ、本来災いを防ぐ目的で作られたはずの道祖神たちは、災いを招くように作用し始めたのではないか?

 もちろん調べたわけではないし、荒唐無稽な考え方だとは思う。

 でも、それぞれの道祖神に刻まれていた鳥居の模様・・・。

 鳥居っていうのは、要するに門だ。神が住まう神域と、人間が住まう俗界を区画するものであり、入り口を示すものでもある。

 そう、入り口・・・。

 あの道祖神がある路地は、今となっては災いをもたらすモノを呼び込む入り口になっているのではないか?

 理屈は分からない。本来、道祖神は災いを防ぐ為に作られているんだし、四つ揃わないと効果を発揮しない道祖神なんて聞いたことがない。

 でも・・・、一番最初に見つけた道祖神の有り様が気になる。平積みされたブロックの上に雑に置かれていた石碑。

 もしかしたら、あの道祖神も何らかの事情によって雑にどかされたのではないか?

 四つの道祖神の内、一つは消失し、一つは雑にどかされた。それに刻まれていたのは鳥居だ。入り口を指し示している鳥居。それがどかされたことによって、方向が変わってしまった。

 その一角の雑居ビルで相次ぐ人の死。中には、不気味で不可解なものもある。

 ・・・この雑居ビルが元から魔窟なのではなく、道祖神によってこのビルは魔窟へと変貌したのではないか?

 僕は怖くなって、急いで路地を出た。

 都会の街並みを眺めながら帰っていると、急に不安に駆られたよ。

 道祖神。道祖。道の神様。

 都会や田舎に関係なく、道の数だけ道祖神が作られていたのならば、一体土地の開発によって、どれだけの道祖神が消失していったんだろう。

 道祖神は田舎の方に多いのではなくて、土地の開発がされなかった田舎に、結果的に多く残っただけなのではないか。

 そして思い出したのは、事故物件検索サイトの検索結果。

 僕の住んでいる街には、夥しい量の事故物件があった。

 それらを一つ一つ紐解いていけば、その影には土地の開発によって消失していった道祖神がいるのではないか?

 はは、まるで誇大妄想だろ?でも、一度考えると、もうそうとしか思えなくなってしまったよ。

 日々起きる悍ましい事件や事故。そして、それが起きた場所。ずっと辿っていけば、それらの根源は土地、ないしはそこにかつていたモノに帰結していくのではないか?

 あんまり考え込むとキリが無いから、今はもうそういう風に考えないようにしているけどね。

 だって、果てしないじゃないか。一体どこまで遡れば怪異の根源が現れるのか、なんて。

 逆を言えば、その根源が文字通り根となり、幹となり、枝葉がどんどん広がっていくとなると・・・。

 

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