第93話 井戸の災い

 井戸、ホラー。その二つの単語を並べた時、多くの人は、とある有名なホラー映画のキャラクターを連想するだろう。

 その影響もあって、井戸って聞くと、怖い印象を抱く人は多いんじゃないかな。

 でも、井戸っていうのは本来、昔から神聖なものとされてきたんだ。井戸には神様がいるとされていて、古くから信仰の対象にされていた。

 水は人が生活するうえで必ず必要になるものだ。だから、昔の人は水を汲み上げる井戸を神聖なものとして崇めてきたんだろう。

 でも、こんな話を聞いたことがないかい?

 井戸を潰す時に、きちんと供養をしなかった家は祟られる。

 怖い話を調べていると、この手の話は結構耳にするんだ。

 井戸には神様がいる。だから、潰す時には、それなりの供養をしないと、中にいる神様が怒って祟りを起こす。

 要するに、崇めていたモノを始末する時は、きちんと後腐れが無いように供養しなければいけないってことだね。

 でも、これからする話は、果たして本当にそうなのかと、疑問に思わせるようなものだよ。


 —井戸の災い—


 とある地方のとある地域に、その屋敷はあった。

 住んでいたのは、その地域一帯の大地主であり、総本家と言われるほどの一族だった。その一族を中心に、その地域は栄えていったといっても過言ではないほどの。

 歴史は古く、遡るところまで遡れば、その一族はかつて豪農と呼ばれていたらしい。

 ところが、時代が変われば情勢も変わり、その一族は先細るように力を失っていった。それは財力であったり、土地に対する権力であったり、分家を取り巻く人間関係であったり。

 そして、まるで一族が力を失っていくのと比例するように過疎化が進み、その地域はみるみる内に廃れていった。昔は栄華を誇っていた地域一帯は、誰も居着かない廃村に成り果ててしまった。

 かつて総本家の一族が住んでいた屋敷も、朽ち果てるのを待つばかりの廃屋になった。

 それからさらに時は流れ、その屋敷を取り壊すことになった。その頃には、総本家の一族など影も見当たらず、遠い遠い血縁の人間が細々と土地だけ管理している状況だった。

 立派な屋敷だが、何の思い入れもない。さっさと取り壊してくれ。

 家主の言う通りに、解体工の人間たちは重機を使って、朽ち果てながらもまだ立派に家の体裁を保っていた屋敷を取り壊していった。

 ところが、屋敷で一番大きな部屋、だだっ広い続き間の和室を解体している時、床下から妙なものが現れた。

 それは、井戸だった。

 石垣造りの古めかしい井戸。それが床下にひっそりと設けられていた。

 なんでこんな所にこんなものが。解体工の人間たちは不思議がった。そして、家主に連絡を入れた。井戸が出てきたから、解体は一旦中止する。井戸の供養をしてからじゃないと、解体に支障をきたすかもしれないと。

 ところが、家主は信心深い人間ではなく、さっさと取り壊してくれという。

 そんな訳にはいかないと解体工たちは反対したが、決められた日程通りの金しか払うつもりはないと家主から脅され、渋々井戸を潰すことになった。

 それから、解体工の人間たちが祟られ、事故が相次いだ———なんてことはなかった。解体は滞りなく進み、立派な屋敷が建っていた場所は、あっという間に更地と化した。

 なんだ、何も起きなかったんですか?

 僕は落胆した。ところが、話をしてくれた人は、

 ここからが興味深いんですよ、

 と、笑った。

 それが、もう二十年ほど前のことですが、その地域一帯、今はどうなっていると思います?

 ・・・どうにもなっていないんですよ。更地のままね。

 私は解体に携わっていた建築業の人間ですから、地域一帯がその後どうなるか、多少の事情は人づてに聞いて知っていました。なんでも、高速道路のパーキングエリアになる計画があったそうですが、それは半ばで頓挫したそうです。

 なんでも、土地自体が開発できる地質の地盤ではなかったらしいですよ。しかし、そんなことあるんですかねえ。長年に渡って人が住み続けた土地だというのに。まあ、私は土木業には疎いので知りませんが。

 その後、一帯をゴルフ場にする計画が立ち上がったそうですが、それも頓挫したそうです。どうしてでしょうねえ。更地をゴルフ場にするんだから、大規模な開発や地盤改良をする必要もないというのに。

 その後も、様々な開発計画が立ち上がっては頓挫し、立ち上がっては頓挫し・・・、結局、今現在まで、その地域一帯は更地のままです。

 それだけじゃないんですよ。

 その地域一帯が、毎年のように災害が起き、少しずつ土地が荒れていっているんです。

 それは山崩れによる土砂災害であったり、川の氾濫による水害であったり。ああ、なぜか、人の住んでいない廃屋が火事になって焼け落ちた、なんてこともありましたね。廃屋を持て余した家主の仕業なんて噂も立ちましたが、不審火として片付けられたようです。他にも、急に道がボコボコと陥没したり、地滑りが起きたり・・・。

 そして、何より興味深いのはね、その災害が起きる場所なんです。

 その人はそう言うと、突然、地図を取り出した。

 その地図はその地域一帯のもので、あちこちに赤ペンで×がつけられていた。

 ここが、あの屋敷があった場所。そして、×をつけているところは、災害があった場所です。横に書いてあるのは、その災害が起きた年代なんですが・・・。

 規則性があることに気が付きませんか?

 ほら、あの屋敷に近い場所で起こった災害の年代は、古いでしょう?逆に、あの屋敷から遠い場所で起きた災害は、年代が新しい。

 ・・・まるで年々、あの家から災いが広がっていっているように見えませんか?

 もちろん、災害による死者は出ていません。ただ、誰もいない土地が荒れていっているだけです。しかし・・・。

 ここが、去年の災害が起きた場所です。もう、あの屋敷からはかなり遠くなっているというのに、未だに災害は続いている。

 このままでは、この災害エリアはどんどんと広がっていき・・・。

 まあ、偶然でしょうけどねえ。たまたま、災害が頻発しているだけかもしれませんが。

 まさか、井戸を潰しただけで、そんな・・・。

 僕は、正直な感想を口にした。すると、その人は待ってましたと言わんばかりに、こう続けた。

 その井戸なんですがね・・・、ちょっと変わっていましたよ。

 石垣造りなのは珍しくありませんでしたが、周りに注連縄が掛けられていたうえに、木板で蓋がしてあったんですよ。その蓋の表面には、随分と古めかしい文字が墨を使って書かれていました。一面にびっしりとね。何と書かれていたのかは分かりませんが。

 それに、その蓋を取り去ってみたらね。裏面には、びっしりとかすがいが打たれていました。そして、そのかすがいには、ひとつひとつに藁紐が括り付けられていて、その紐の先には、錆びついた刃物がいくつも括られていました。包丁、鎌、鉈、鋏、ノミや鉋に、鍬の刃や短刀。そして、脇差というのでしょうか、小さな日本刀の刀身のようなものもぶら下げられていましたね。

 私ね、こんな話を聞いたことがあるんです。

 井戸に、刃物などの金物を投げ込むことは禁忌とされている。

 これは、井戸に金物を投げ込む、つまり、水が金属に毒されるという事ですから、そんなことはするなという教訓めいた迷信のひとつなのでしょう。

 しかし、屋敷の井戸には、その禁忌が施されていた。それも、注連縄や謎の文字が綴られた木板の蓋という、奇妙な装飾と共に。

 あの井戸には、何かが封印されていたのではないか?

 そう思えてならないのですよ。

 本来なら、井戸はきちんと供養されるべきものです。しかし、あの屋敷の井戸に関しては、供養など関係なかったのではないか?

 私たちは、井戸に封じられていた何かを、解き放ってしまったのではないか?そして、そのせいで、あの地域一帯は呪われてしまい、災いが広がっているのではないか?

 かつて、あの屋敷に住んでいた総本家の一族たち。彼らは、あの井戸のことを知っていたのではないか?そして、彼らが栄華を極めたのは、あの井戸と関係があるのではないか?彼らが瞬く間に力を失っていったのも、あの井戸が原因なのではないか?

 残された謎は多く、どれも解き明かしようがありません。遠からずも血縁があった家主とは連絡が取れませんし、かつて井戸があった場所は荒れ果てた更地があるばかりです。

 あの地域一帯は、これからどうなっていくのでしょうか?まさか、日本全土に広がるまで、呪いは続くのでしょうか?

 その人は、そう話し終えた。終始、楽しそうだったのが、酷く不気味だったよ。

 その井戸には、何がいたんだろうね?

 ちゃんと神様がいたのか。その神様が、何らかの理由によって怒り狂い、祟りを起こしているのか。

 それとも、元から得体の知れない邪悪なモノがいて、彼ら総本家の一族たちは、それを知りつつ利用していたのか。

 できれば前者の方だと、僕は願っているよ。

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