第92話 水底の祠
ある時、携帯に非通知の番号から電話がかかってきた。
番号は見覚えのない固定電話のもの。出てみたら、相手はずっと無言。イタズラか何かと思って切った。しかし、頻繁にその番号から無言電話がかかってくる。
それで、警察に連絡して、その番号がどこの地域で使われているものなのかを特定してもらった。すると、その番号は遠い昔にダムの底に沈んだ村で使われていたものと判明した。
そんなまさか。慌ててその番号にリダイヤルすると、相手は出た。しかし、やはり何も言わない。
でも、よく耳を澄ましてみたら……、ゴボゴボゴボゴボ。まるで、水中で話をしているような音がしていた。
そんな怖い話、聞いたことないかい?
最初の方にも話したけど、ダムは怖い話の舞台になりやすい。心霊スポットとしても、自殺スポットとしても、ダムはよく挙げられる。さっきのは、そんな中のひとつ。有名な、ダムの底に沈んだ村って話さ。
しかし、僕はふと疑問に思ったことがある。
ダムの底に沈んだ村なんて、実在しているのか?
実際には、そんなものは無くて、誰かによって作られた話が一人歩きしているだけではないのか?
この話は、それを調べていく内に、僕が発見したものだよ。
—水底の祠—
僕はインターネットで調べてみた。本当に、ダムの底に沈んだ村というものが実在しているのかを。
すると、確かにあったんだ。それも、数はとても多かった。ダムの建設によって沈んだ村っていうのは、日本のあちこちに実在していたんだよ。
考えてみれば、日本の国土は、ほとんどが山間部だ。山を切り開いて開発するなんてできなかった時代の人々は、谷底の開けた土地に住まざるを得なかったんだろう。ましてや、農耕に水は不可欠だ。谷底には川があり、水がある。必然的に、人々は川の近く、谷底に村を築くしかなかった訳だ。
でも、時代が進んで土地の開発ができるようになり、治水もしなければならなくなった。それに伴い、谷底の辺鄙な村では過疎化が進んでいく。
ほとんど人の住んでいない村。それをダムの底に沈める。一見、悲劇的なことだけど、川の氾濫から起こる災害を防ぐ為には、仕方のないことだった。
こうして、日本の各地で色んな村がダムの底に沈んでいったという訳だ。
ああ、本当の事だったんだなあ。そう納得していた時、僕はふと、ある画像が目に留まった。
それは、ダムが干上がった時に、沈んでいた村の跡地が姿を現したというニュースで使われていた画像だった。ゴツゴツした岩と泥だらけの荒れた地面。小川で使われていたであろう石造りの橋。家の塀だったであろう石垣。家の基礎に使われていたであろう、一定間隔に並んだ丸石。それらが、遠景の写真に収められていたんだ。
興味深くて、そういった類の画像を調べていくと、とある写真が一際目を引いた。
その写真に収められていたのは、干上がったダムの底に姿を現した、石造りの祠だった。
小さな祠が、ポツンと建っている。そこが小山の頂上だったのか、周りは岩だらけだったけど、よく見ると石段が設けられていた。
祠。いわゆる、神様を祀った小規模な神社みたいなものだ。つまり、そこには祀られているモノがいた。
・・・ちゃんと供養はされたのだろうか?
僕は気になって調べてみた。しかし、ローカルな事柄過ぎたのか、そういった情報は全く出てこなかった。
それで、今度はそのダムのことを調べてみたんだ。別の方面からね。
行きつけの心霊系のサイトで、そのダムにまつわる怖い話があるかどうか探してみた。ところが、そのダムで心霊体験をしたなんて話は出てこなかった。
でも、代わりにこんな書き込みを目にした。
”あのダムは、県内でも有数の自殺スポットだ。気味が悪くて近寄りたくない”
僕はすぐさま、別のサイトに飛んだ。そこは、自殺スポットの情報がまとめられているサイトで、過去にどこでどんなことが起きたか、有志が情報を集めてスレッドに書き込むシステムを取っているんだ。
それで、そのサイトでそのダムの名前を打ち込んで検索した。すると、一件のスレッドがヒットした。
”自殺スポットの○○ダムについて”
書き込んでいたのは数名。もちろん、有志、つまりどこの誰かも分からない素人だ。情報の真偽は定かじゃない。
でも、その中で、一際目を引いたのは、こんな書き込みだった。
”○○ダムでは、毎年のように人が死んでいる。それは、自殺であったり、事故であったりするが、必ず毎年、死者が出ている”
今度は、シンプルにそれが本当かどうか調べてみた。
すると、その情報は嘘だということが分かったんだ。
確かに、そのダムではたくさんの死者が出ていた。有数の自殺スポットという名目の通りに、自殺者はたくさんいたし、上流の川で転落した人間が、そのダムまで流れてきて発見されたなんて情報も見つかった。
ところが、それは必ずしも毎年のように起きていなかったんだ。書き込み主の言っていた事は嘘で、そのダムでの自殺や事故は頻繁に起きていたけど、絶えず毎年毎年起きている訳ではなかった。
なんだ、書き込み主が話を盛っていたんだな。まあ、噂なんて所詮はそんなものか。
そう思っていたんだけど、ふと、そのダムでの死者の数に違和感を感じたんだ。違和感というよりは、何か規則性があるような気がした。
それで、インターネット上で確認できる最古の情報から、年代順にざっくりと紙に書き出していったんだよ。すると、こんな感じになった。
”1989年 34歳の男性が自殺”
”1990年 地元住民の62歳男性がダム上流の崖から転落死”
”1994年 一家4人がダム湖に車で突っ込んで無理心中”
”1995年 20代の女性が自殺”
”2001年 上流の集落にて、土砂災害が発生。住民6人が巻き込まれて死亡”
”2003年 40代の男女が自殺。心中と思われる”
”2004年 24歳の男性が釣りをしている最中にボートから転落して溺死”
”2007年 自殺サイトを通じて知り合ったであろう3人の男性が自殺”
”2008年 ダム上流にて護岸工事に携わっていた作業員1名が死亡。重機の接触による事故死”
”2011年 付近の道路にて交通事故。スピードを出し過ぎた軽自動車が対向車線の4tトラックに跳ね飛ばされて、橋からダム上流の河川に落下。乗っていた3人の男女が死亡”
まだ続きはあるけど、これくらいにしておこう。
分かるかい?確かに、毎年連続して死者が出ている訳ではないんだ。でも、死者が出なかった年が続くと、ある時に、複数の人間が死ぬんだ。
例えば、1994年、一家4人が心中。それが起きるまでは、1990年を最後に死者は出ていない。・・・そう、一家4人が死ぬまでの4年間は。
その次の年の1995年は、1名の自殺者。
それから6年後。ダム上流の集落で6名の住民が土砂災害で死亡。
・・・毎年死んでいる訳ではない。でも、換算してみると、年間1人の死者が出ていることにならないかい?
2000年代もそうだ。2年間死者が出なかったら2人死ぬ。3年間死者が出なかったら3人死ぬ。
そのダムでは、そんな規則性の元に死者が出ているんだよ。
もちろん、全員がダムで死んでいる訳じゃない。でも、必ず付近の河川、それも上流に限って、事故が起きている。まるで、ダムに流れ着くように仕向けられているみたいに。
そのダムに沈んでいる祠、一体何を祀っていたんだろうね。まさか、人身御供を必要とするほどの・・・。いや、祀られていたモノは大したモノじゃなかったのかもしれない。
でも、水底に沈んだが故に、そのモノがまったく別のモノに成り果ててしまった。それが、死者を引き寄せている。まるで、毎年のように生贄を求める悪しき存在みたいに。そうは考えられないかな?
もちろん、これは推測に過ぎない。ネット上の情報だから真偽は怪しいし、1989年以前の事は調べても出てこなかった。現地の郷土資料や新聞なんかを調べれば、もっと色々と分かるかもしれないけど、そこまでのガッツは僕には無い。というか、調べる勇気が無い。
言ってみれば、ただの偶然、そんな言葉で片付く事柄だと思うしね。
・・・でも、僕は何かあるような気がしてならないんだ。その水底の祠には。
ちなみに、7年ほど前から、そのダムで死者は出ていないんだよ。
それが何を意味しているのか?
水底の祠が、死者を欲さなくなったのか。それとも、やっぱりただの偶然だったのか。
・・・それとも、近々、そのダムで多数の死者が出るのか。
君はどう思う?
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