第75話 ピザ

 そういえば、怪異にこの世の理が通用しないって話は、前の話でしてたような気がするね。何話辺りだったかな?もう覚えてないや、はは。

 まあ、いいや。なんたって、百話も話すんだからね。ちょっとくらい似たような類の話をしたってバチは当たらないだろうし。

 それに、今更バチなんか当たったところでねえ。

 ん?ああ、ごめんごめん。こっちの話さ。

 それじゃあ、ちょっと趣向を変えよう。

 さっきの話は、なんでそんな姿で現れたのって要素もあったよね。そういう系統の話をしようか。


 —ピザ—


 お子さんがいる人から聞いた話。

 その人には5歳になる息子さんがいた。

 可愛いもんですけど、小さい子供の相手って想像以上にくたびれますよ。あれは小さい怪獣みたいなもんです、って笑いながら話してたよ。

 お子さんは、わんぱくなタイプとは違ってちょっと内向的な性格らしいんだけど、それでも子供は子供。とにかく元気いっぱいに毎日走り回っているそうだ。

 そんな息子さんがある日、妙な言葉を口にした。

 ぴじゃ、ぴじゃのおばしゃん。ぴじゃあ。

 一家で夕食を囲んでいる時に、息子さんは突然指を差しながら、そんな言葉を連呼した。

 指差す方を見ると、そこは誰も座っていない席。四人掛けの食卓の、空席のところだった。

 ぴじゃあ、ぴじゃぴじゃ。

 どうしたの?ぴじゃってなあに?

 息子さんに聞くと、

 ぴじゃのおばしゃんがいる、って言う。

 変なこと言ってないで、早く食べちゃいなさい。

 促すと、息子さんは何事もなかったかのように、ご飯を食べだした。

 息子さんが眠りについた後、夫婦でその話題になった。

 ぴじゃのおばしゃんって、何だろうね?

 さあ、イマジナリーフレンドってやつじゃない?子供にしか見えない、架空の友達。

 まあ、そういうもんかなあ。

 その時は、別に気にも留めなかった。誰にだってある、そういうものだろう。そんな風に考えていた。

 すると、その謎が解ける日が来た。

 その日は、息子さんの通っていた幼稚園で、お遊戯会があった日の夜だった。

 頑張った息子さんをねぎらう為に、宅配でピザをとることにした。ジュースを注いで、お菓子を並べて待っていると、すぐに宅配でピザが届いた。

 ほら、ピザが来たよぉ。

 食卓の上で、ピザの箱をおどけながら開けると、息子さんはキャッキャとはしゃぎだした。

 ぴじゃあ!ぴじゃのおばしゃん!いっしょ!

 あっ、と夫婦で顔を見合わせた。

 ぴじゃのおばしゃん。ピザのおばさんって言いたかったのか。

 箱には、そのピザ屋のマスコットキャラクターがデザインされている。アメリカ風の女の子のキャラクターだけど、デフォルメが強いから、子供からみたらおばさんにも見えるだろう。

 なんだ。このことを言っていたのか。

 ピザのおばさんに会えて良かったねえ。食べたかったの?

 そう聞くと息子さんは、

 ちがう、いっしょ。おばしゃんの顔がぴじゃなの。

 と言いながら、また食卓の空席を指差してる。

 おばさんなんていないよ?どうかしたの?

 おばしゃん、おばしゃん、ぴじゃあ。

 息子さんは、ピザのおばさんがそこにいる、って言って聞かない。

 自分たちに見えないモノがそこにいるようで、薄ら寒くなった。結局、はしゃぐ息子さんをなだめて、パーティーを始めた。でも、息子さんは時折、空席の方をじっと見つめていたそうだ。

 その時は深く考えませんでしたけど、後から気が付いたことがあるんですよ。

 その人は話している途中で、急に声のトーンを落とした。

 話題が話題ですから、私もこのことは滅多に口にしないんですが・・・。実はね、家内のお母さん。私にとっては義母にあたる人なんですが・・・、焼身自殺してるんですよ。

 なんでも、長いこと精神病を患っていたらしくて。まだ家内と結婚する前の事です。自宅で灯油をかぶって事に及んで。それでも、死にきれなかったらしくて。風呂場に飛び込んで火を消して、自分で救急車を呼んだと。でも火傷が酷くて、病院に着いた頃にはもう息を引き取っていたみたいで。

 ショック状態の家内に付き添って、私も病院に行きました。死に顔を見たんですが・・・、なんというか、こう・・・。不謹慎なんですけどね。確かに言われようによっては、ピザみたいに見えるんですよ。焼け爛れた人間の顔って。

 もちろん、この事は家内には言っていません。きっと酷く落ち込むでしょうから。息子が産まれて、やっと持ち直したんです。心労をかけるわけにはいきませんからね。

 その人はそう話を締めくくった。僕は言葉が出なかったよ。

 ちなみに、息子さんはもうピザのおばさんの事は見えなくなってしまったそうだ。ある日突然、口にしなくなって、空席を見つめることもなくなったらしい。

 どうなんだろうね。やっぱり、孫の顔見たさに、おばあちゃんが現れたのかな?でも、それにしたって、死んだ時の風貌で現れなくたっていいのにね。

 ああ、そうそう。その人、こんなことも言ってたよ。

 実は、もうすぐ第二子が産まれる予定なんですけど、またピザのおばさんが顔を見に来るんですかねえ。

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る