第74話 恩師の顔

 さっきの話は、ドッペルゲンガーってよりも、未来予知に近い話だったかな。

 まあ、未来の自分自身が怪異として目の前に現れた、って言い方をすれば、ドッペルゲンガーと言えなくもないか。はは。

 それはそれとして、僕はこんな風に考えたことがあるんだ。

 怪異は果たして、僕らと同じ感覚で時間を過ごしていないんじゃないか?

 怪異なるモノに、この世の理は通用しない。つまり、僕たちが存在している次元の常識は、怪異に通用しないんじゃないかって事。

 だから、怪異なるモノに、時間なんて概念はない。だとすれば、怪異は未来も過去も関係なく、現れているんじゃないか?

 はは、話が小難しいって?

 じゃあ、そういう例を挙げようか。


 —恩師の顔—


 これも高校の頃に、先生から聞いた話。

 ああ、さっきの話とは別の先生ね。教えてくれたいきさつは、変わんないんだけどさ。

 その先生は、結構年輩の人だった。大昔の話をしようかって笑いながら、懐かしむように語ってくれた。

 先生には高校生の頃、すごく面倒を見てくれた人、いわゆる恩師がいた。

 その恩師は、先生の通っていた高校の生徒指導主任みたいな立ち位置にあたる人だった。なんでも、先生は昔ちょっとやんちゃをしていたらしいんだ。全然そういう風には見えなかったけどね。

 それで、なにか揉め事を起こす度に、恩師のお世話になっていたそうだ。恩師は、先生を厳しく叱責しつつも、必ず相手方に一緒になって頭を下げてくれる、そんな人だったらしい。だから、先生も表面上では突っぱねつつも、心の中では恩師に感謝していた。お礼にと、その恩師の車をこっそり磨いたこともあったって。

 そんな青春の日々が流れて、とうとう高校を卒業する日がやってきた。先生は卒業後、町を出る予定だったから、最後にと、恩師に挨拶をしに行った。

 こんな自分を叱ってくれて、かばってくれて、ありがとうございました。

 恩師は、どうしたんだ、柄にもないって笑っていたけど、どこか涙ぐんでいるように見えた。

 遠くに行っても、頑張れよ。そんな恩師の言葉を胸に、先生は高校を後にした。

 そして、いよいよ町を出る日。荷物を抱えて、家族に見送られながら、駅で電車に乗り込んだ。期待と不安で一杯になりながら、電車に揺られて外の景色を眺めていると、トンネルに差し掛かった。

 電車の中が真っ暗になった瞬間、もたれていた窓に違和感を感じた。

 なんだ?何かがおかしい。

 違和感の正体を探していると、窓に映った自分の姿が変なことに気が付いた。

 自分じゃない。別の人間が映り込んでいる。

 えっ?と思って身をのけぞると、そこには恩師の姿があった。真っ暗な窓に反射して、まるでそこにいるみたいに映り込んでいる。その顔は、なぜか酷く苦しそうだった。大口を開けて、目を見開いて、まるで息ができていないような。

 どうして恩師が・・・。

 そう思っていると、電車の中が一気に明るくなった。いつの間にか、トンネルを抜けていたんだ。窓の外には、明るい景色が広がっている。

 慌てて電車の中を見渡したけど、当然のように恩師の姿はなかった。

 そのまま電車は何事もなく目的地に着いた。でも、妙に胸騒ぎがした先生は、駅で家族に連絡をして、高校にいた恩師に電話を取り次いでもらった。

 電車で見た出来事をありのままに話すと、恩師は、そんなことあるものなんだなあ。虫の知らせっていうやつかもしれんが、今のところ何もない。気にするんじゃないぞ。それより、見送りに行けなくて悪かったなあ。頑張れよ、たまにはこうやって電話のひとつもしてくれ、って笑った。

 先生はほっと一息ついた。恩師に何か起きたんじゃないかと思ったけど、そんなことはなかった。あれは、見間違いだったんだろう。

 それから、長い年月が過ぎたある日のこと。友人伝いに、恩師の訃報が届いた。病死したと。

 たまに連絡をとることはあったけど、もう十年近く疎遠になっていたから、訃報が届いた時は何とも言えない気持ちになった。病気になったということは人づてに聞いていたけれど、まさかそこまで悪くなっているとは知らなかった。いつか会いに、顔を見に行こう、そんな風に考えていたけれど、とうとうそれが叶わなくなってしまった。

 悲しみに暮れながら、連絡をくれた友人と葬式に出向くと、遺影の中の恩師は思い出の中の恩師と同じように柔らかく笑っていた。

 ああ、遠方だからと思わずに、会いに行けばよかった。後悔しながら焼香をしていると、なぜかお棺の傍に葬儀場の職員らしきが人がついている。

 あの、お顔を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?

 友人が尋ねると、その人は慣れた口調で、お会いするのは少々お辛いかもしれませんが、よろしいでしょうか、と確認してきた。

 不思議に思った。恩師は病死と聞いていた。顔が損傷するような死に方はしていないはずなのに。何があったんだろう。

 でも、最後に一目、恩師の顔を見たい。

 大丈夫です。そう答えて、友人と一緒に、お棺に近寄った。覗き窓から中を覗き込むと、思わずあっと息を呑んだ。

 恩師の顔は、目と口が大きく開いたままだった。顔には皴が寄っていて、苦しそうな表情を浮かべていた。

 そう、あの時、電車の窓に映った恩師と、全く同じ顔だったんだ。

 呆然としていると、友人に促されて、お棺から離れた。そのまま、遺族の方々に挨拶をしに向かうと、そこでこんな話を聞いた。

 恩師は、肺に病気を患って、最期は満足に息ができないまま、亡くなったんだと。

 だから、死に顔があんなに苦しそうだったのか。

 でも、なぜ・・・。

 考えれば考えるほど、思い出は鮮明になってきた。そうだ、あの窓に映った恩師の顔は、どことなくあの時の恩師よりも老けて見えた。恩師は元々老け顔だったから違和感を感じなかったが、髪には白髪が混じり、皴も多かったような・・・。

 でも、不可解だった。虫の知らせにしては、おかしい。なぜ、あの時、電車に恩師の死に顔が映り込んでいたのか。なぜ現在ではなく、遠い思い出になっているような過去に、恩師は現れたのか。

 いくら考えても答えは出ないんだが、最後に時間を越えて会いに来てくれたんだと、今では思っているよ。

 先生はそう言って懐かしそうに笑った。

 僕はね、こう考えてるんだ。恩師は最後に、最も先生に会いたかった瞬間に、時間を越えて会いに来たんじゃないかってね。

 つまり、実の教え子を駅で見送ることが叶わなかったから、最後の最後にその願いを叶えたんじゃないかって事。

 真相は分かんないけどね。そう解釈した方が良心的でしょ?やっぱり、幽霊に時間の概念なんてないのかな?

 でも、わざわざ死に顔で会いに来ることないのにねえ。

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