第68話 チャンネル
僕は人から怖い話を聞くのが好きなんだけど、霊感がある人、いわゆる幽霊が視える人の話を聞いていると、こんな表現を頻繁に聴くんだよね。
頭の中にラジオのチャンネルみたいなものがあって、その周波数が幽霊と合致した時に、視えてしまう。
これ、不思議なもんで、僕の観測圏内では本当によく聞くんだよ。なんでだろうね。霊感っていうもののメカニズムは分からないけど、そういうもんなのかな?
これからする話もね、幽霊が視えるっていうことを、そんな風に表現した人の話だよ。
—チャンネル—
その人はこんな言い方をしていた。
頭の中、脳味噌の前の方に、チャンネルみたいなものがあるんですよ。
変な話ですけど、そのチャンネルには、日によって調子があるんです。調子がいいと、よく視えて、調子が悪い時は何にも見えない。
言い方が変でしたかね。調子がいいと視えるっていうのは。私は幽霊を視たいとは思っていませんから。フフッ。
チャンネルの調子は、私自身ではコントロールできないんです。仮に、視たいと思っても調整なんてできませんから、どうしようもないんです。さっきも言った通り、視たいと思ったことなんて、一度も無いんですがね。逆に、視たくなくても、チャンネルが合ってしまったが為に、視えてしまうこともありました。
ただ・・・、一度だけ、そんな頭の中のチャンネルが不可解な動き方をしたことがありましてねえ。
僕は興味津々だった。その話、聞かせてくれませんか?鼻息荒く食いつくと、その人はフフッと笑って、淡々と話してくれた。
私は若い時分、葬儀屋で働いていたことがあるんですよ。
正規雇用ではありませんでした。いわゆるアルバイトですね。仕事内容は・・・、あまり人様に話せる内容ではありませんから、内緒ということで。
正直なところ、最初は不安でした。私の頭の中のチャンネルは生まれつきのものでしたから。葬儀屋、死人を扱う仕事なんて、幽霊ばかり視てしまうのではないかと考えていたんです。
ところが、不思議なことに、葬儀場では、ほとんど幽霊を見かけませんでした。
もちろん、私は自分の頭の中のチャンネルと周波数が合わないと視えませんから、ただ単にそこにいたのかもしれない幽霊たちと、チャンネルが合わなかっただけなのかもしれません。
背筋が冷えるような体験は、いくつかありましたが、チャンネルが合ったことは一度もありませんでした。
そんなある日の事です。いつものように、葬儀場に故人が運び込まれ、葬式を取り行っていると、ふと頭痛がしました。
それが、どうにも気持ちの悪い頭痛でしてね。何と言ったらいいか、頭の中のチャンネルを撫でられている、とでも言ったらいいのでしょうか。
これまでにない経験に、私は戸惑っていました。その言い様のない気持ち悪さに耐えられず、上の者に許可をもらって席を外させてもらい、遠巻きに葬儀を眺めていたのですが。
ふと、故人が納められている棺桶の傍に、妙な影を見つけました。
あれは・・・、視えてはいけないモノだな。
そう感じた瞬間、頭に激痛が走りました。頭の中のチャンネルが、ギリギリと締め付けられるような、そんな感覚に陥ったのです。
頭痛、そんな生ぬるいものではありませんでした。後から、群発頭痛という奇病があることを知りましたが、それに近い痛みだったのかもしれません。
あまりの痛みにのた打ち回っていると、頭の中のチャンネルがグギリグギリと動き出しました。錆びついて動きようのないダイヤルを、無理矢理、力任せに回されている、とでも言いましょうか。
そんな経験は今までに一度もありませんでしたから、未知の感覚と痛みに、私は発狂寸前でした。頭を押さえて、歯ぎしりしながら耐えていると、棺桶の方に目がいきました。
すると、先ほど見つけた妙な影が、鮮明に姿を現していたのです。
それは、女でした。全身が焦げ付いたように真っ黒で、首をガクガクと震わせながら、長い髪を振り乱し、棺桶の中を覗き込んでいました。
女の周囲には、火事でしか見たことのないような黒煙が、霧のように漂っていました。その姿はまるで、粗い水墨画の様でした。
視てはいけない、目を逸らせ、視るな、視るな、視るな。
そう念じた瞬間、頭の中で声がしました。
セッ、カク、キテ、ヤッテ、ンダ、カラ、ミロ、ヨ。
抑揚のない、まるで継ぎ接ぎ音声のような声でした。
気が付くと、私は葬儀屋の者に介抱されていました。裏に職員用の仮眠室があったのですが、そこに寝かせられていました。
一体どうしたんだ。急に倒れて、貧血持ちか。
そうだ、と言い訳をして、その日は即刻、帰らせてもらいました。気が気じゃありませんでしたよ。あの感覚、あの痛み、もう一度あれを味わったら、私は生きていられないと思ったのです。
翌日、別の言い訳を作って、私はアルバイトを辞めました。それっきり、その葬儀場には近付いていません。
その時、さりげなく聞いたのですが、私が倒れた時に納棺されていた故人は、別に火事で無くなったわけではありませんでした。病院から送られてきた、傷一つ無い、若い男性の故人だったそうです。
それって、死神ってやつじゃないですかね?
僕がそう言うと、その人はまたフフッと笑って、こう言ったよ。
分かりませんが、あれの正体がなんにせよ、私にとっては異常な恐怖そのものでしかありませんよ。
あれ以来、私の頭の中のチャンネルは、ずっと調子がいいのですから。
思い知りましたよ。自身の姿を見せたいが為に、チャンネルに無理矢理、強制的に干渉してくるモノもいるのだとね。
あの、つまりそれって・・・。
ええ、今も、あなたの後ろに・・、フフッ、なんてね。
その人は冗談めかして笑ったけど、僕はまったく笑えなかったね。
でも、そんな芸当ができるなんて、その辺にありふれてるようなモノじゃない気がするんだけど、どうなんだろう。結構、怪異の中でも上ランクの、ヤバイやつだったんじゃないかな?
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