第62話 成れの果て
山に関する怖い話ってたくさんあるから、もう幾つか話そうかな。
さっきの話でもちょっと話したけど、山には神聖なモノがいるとされているんだ。モノっていったら語弊があるかな。要するに神様だよ。
どんな山にも、必ず神様がいると信じられているんだ。
これは昔からある信仰らしくてね。地方によって色々と考え方が違っていたりするんだけど、神聖なモノが住まう場所として山が崇められてきたのは事実なんだ。そういう話は掃いて捨てるほど残されてる。
その中からひとつ話そう。山に住まうモノの話をね。
—成れの果て—
林業を営んでいる人から聞いた話。
その人の仕事は会社の管理地である山林に赴いて、木を伐採したり、植林したりする仕事。木材を効率よく生産するために、山林を管理するって言った方が正しいかな。
そんなことを生業にしているからか、会社にはたまに別の仕事も舞い込んで来ることがあった。どこどこの木を切ってくださいとか、どこどこの林を綺麗にしてください、とかね。そういう単発の仕事の方が意外と金回りがいいんですよね、って言ってたっけ。
ある日、こんな仕事が舞い込んできた。とある山の斜面にある大木を伐採してほしい。
なんでも、山の斜面に太陽光発電のソーラーパネルを設置するから、邪魔になる大木を切ってほしいと。
依頼を受けて早速調査に赴くと、なるほど確かに立派な大木が山の斜面にそびえ立っている。
これほどの規模なら、これほどの重機を使って、これこれこういう風になりますねと、お客さんと打ち合わせをしていると、ふと視線を感じた。振り返ると、ひとりのお爺さんがこちらをじっと見ている。
あ、どうも、こんにちは。
ビジネススマイルで挨拶をすると、お爺さんは無反応でどこかへ歩いて行ってしまった。
ああ、あの人は気にしなくてもいいですよ。
お客さんがため息混じりに言う。どういうことですかって聞くと、こんな答えが返ってきた。
あの人はね、随分と昔からこの辺に住んでいる人なんですよ。昔は山猟師をしていたらしくてね。ここいらの山一帯があの人にとっての庭みたいなものだったんだと聞きました。まあ、今となっては私の土地なんですがねぇ。どうも、私が土地をいじるのが気に食わないようで、その度にあれやこれやと口出ししてくるんですよ。懲りずにね。
はあ、それで先ほどは。
ええ、ついこの間も、この木を切るんじゃないって食って掛かってきましてね。ああ、安心してください。警察沙汰にしてやったから、もう何も言いに来ることはないでしょう。ハハハ。
軽い感じで警察沙汰にしてやったと笑うお客さんに少々不安を覚えながら、打ち合わせを終えた。帰るために道端に停めていた車に向かっていると、また視線を感じた。
振り返ると、あのお爺さんがこっちに近付いて来る。うわっと思って身構えていると、お爺さんは目の前まで来て、こう言った。
あんた、あの木を切るのかい。
は、はい。
そうかい、私はもう口出ししないつもりだったが、これだけは言っておく。いいか、あの木の成れの果ては、切ったあんた達には何もできないだろうが、後に寄りつく者には容赦せんぞ。
えっ?
それだけ言うと、お爺さんはすたすたと歩いていってしまった。
切ったあんた達には何もできない・・・?
どういう意味なのか分からなかったけれど、とりあえずその日は帰った。
そして当日、何事もなく無事に大木は伐採された。事故もなく、怪我もなく、不気味なほどトラブルは起きなかったそうだ。
これでソーラーパネルが敷ける。金の生る木を植えるってわけですよ。ハハハハ。
そう言って笑うお客さんに挨拶をして、早々に引き上げた。仕事中、辺りを気にしていたけど、あのお爺さんが現れることはなかった。
それから何年か後のこと。別の仕事に向かうために、車を走らせていると、偶然その山を通りかかった。すると、妙な事が起きていた。
木が伐採されてハゲ山になった斜面がそのままで、ソーラーパネルが設置されていなかったんだよ。
あれ?お客さん、設置しなかったのかな?そんなことを思っていると、そのハゲ山の斜面に人影が見えた。
ん?何だあれ、誰かいる・・・人間・・なのか?あれ?
そう思った瞬間に、ふっと意識が途切れた。
次の瞬間、自分の目に映っていたのは、車のエアバッグだった。
え?あ、あれ?何がどうなったんだ?
気が付くと、車が道路から外れて、ガードレールに追突していた。
痛む身体を車から引きずり出して、自力で救急車を呼んだ。幸い、大事には至らなくて、軽い打撲だけで済んだそうだ。もちろん乗っていた車は無事じゃすまなかったらしいけど。社用車で事故ったから、会社からは酷く怒られてしまった。
事故の理由を尋ねられたけど、思い当たる節はなかった。急に気絶するような持病を抱えているわけでもないし、寝不足ってわけでもなかった。
結局、居眠り運転って事で処理されてしまった。不服に思っていると、事故る直前に見たものを思い出した。
そういえば、あれは・・・。
それから、会社の人づてに、件のお客さんのことを聞いてみた。
あの、何年か前のどこそこのお客さんって、結局ソーラーパネルを設置しなかったんですね。
ん?ああ、あのお客か。あそこ、今は相当酷いことになってるぞ。
酷いこと?
ああ、あれからソーラーパネルの業者を呼んだらしいが、とんだ手抜き業者だったらしくてな。ほら、一昨年くらいの梅雨に豪雨災害が起きただろ。あの時に、地滑りが起きて、基礎ごとソーラーパネルが全滅したんだ。お前、見に行ったのか?ちょっと地形が変わってただろ?
あ、そういえば・・。
その後もな、土木屋を呼んでどうにかしようとしたらしいが、ショベルカーがひっくり返ったり、怪我人が出たりで大変だったらしいぞ。結局、地質が悪いだどうだとかで、ほったらかしにされているんだと。
ええ・・。
話を聞いていると、すっかり忘れていたあのお爺さんの言葉を思い出した。
あの木の成れの果ては、切ったあんた達には何もできないだろうが、後に寄りつく者には容赦せんぞ。
あれは、何だったんだろう。成れの果てとは。お爺さんは分かっていたとでもいうのだろうか。
ちなみにそのお客さん、その何年か後に会社に訃報が届いたそうだ。
何だったんですかねえ、あれ。その人は不思議そうに話し終えた。
僕は気になって聞いたんだ。
事故る直前、山の斜面で一体何を見たんですか?って。そしたらね。
うーん、何と言えばいいのやら・・。あの、ほら、猿いるでしょ?ニホンザルっていうよりは、チンパンジーというか。毛が真っ黒なんですよ、顔もね。それでいて手が異様に長くて、ヌメッとしているというか・・。マレーグマって知ってます?あんな感じというか・・。何よりもね、縮尺がおかしいんですよ。遠目からでも、異様に大きかった。まるで、いびつな巨人のような・・。そんなのがね、山の斜面にいたんですよ。それを見た瞬間に、気を失いまして。
それって、大木に宿っていたモノなんですかねえ?
いやあ、やっぱりそうなんじゃないですかねえ。それがいたのは、あの大木を切った切り株の辺りでしたから。
僕はこう考えているんだよね。
かつて山にいた神聖なモノが、その大木に宿っていた。それを切ってしまったせいで、居場所を失ってしまった神聖なモノは、不幸を呼び寄せる邪悪なモノに成り果ててしまった。
本当の事は分かんないけどね。たまたまそこら辺にいたモノが胡坐をかいているだけかもしれないけど。でも、それにしては異様な姿だよね。まさに異形だよ。それとも、元々そういう姿なのかな?ハハ。
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