第63話 赤い実

 もう少し山の怖い話をしようかな。

 さっきの話は、山にいた神聖なモノが怪異に成り果ててしまった話だったね。

 次の話はね、そもそも山に神聖なモノはいるのか?っていう話だよ。


 —赤い実—


 大学の同級生の彼女から聞いた話。

 彼女を紹介された時にね、僕は性懲りもせず、何か怖い体験をしたことはありますか?って聞いたんだ。そしたらね。

 うーん、怖い話っていうか、不思議な体験ならしたことがありますけど、って言って、こんな話をしてくれたよ。

 その人は地方の出身で、何もない山間部の田舎町で育ったそうだ。

 本当に何にもなくてやることがないから、小学生の頃は女の子なのに虫取りとか釣りとかしてました、って言ってたっけ。

 その人が小学生の頃、地域の山祭りに行った時のこと。

 山祭りっていうのはいわゆる地域行事で、山の上にある神社に集まってちょっとした催し物があったり、地域の人が作った料理が振舞われたりする、田舎ならではのこじんまりしたイベントだった。

 なんてことない地域行事だったけど、他にイベントなんてほとんどなかったから、子供ながらに毎年楽しみにしていたそうだ。

 その催しの中には、こんなものがあった。

 町内のお年寄りたちが音頭を取って、歌を歌いながら神社に米や魚や酒を奉納するという催し。なんでも、地域の五穀豊穣を祈って行われるんだそうだ。その神社には、山の神様が祀られているとかで。

 その年の山祭りも、その催しが行われた。お年寄りたちが歌う方言のきつい意味の分からない歌を聴きながら、神社のお社にお盆に乗せられた米や魚、お酒の瓶が奉納されていくのを、遠巻きに眺めていた。

 振舞われている料理を食べたり、お菓子を貰ったりしている内に祭りが終わって、夕方になった。帰り道、ふとポケットに手を入れると、入れていたはずの財布がない。

 あれ?どうしたんだろう・・・、あっ、おみくじを引いた時に、近くの石段に置いたままだ。

 慌てて神社に戻ると、おじさん達が祭りの後片付けを終えて酒盛りをしている最中だった。

 ○○ちゃん、どうしたんだい。

 財布忘れちゃって、取りに来たの。

 財布?落とし物なんて聞いてないなあ。とにかく見に行ってごらんよ。

 うん。

 ほろ酔いのおじさん達に見送られながら階段を上って、おみくじ処がある境内に辿り着くと、奉納の催しがあったお社の近くに人影があった。

 あれ?まだ誰か残ってる。みんな下でお酒を飲んでるのに。

 不思議に思いながら、財布を置いたであろう石段の近くに行ってみると、財布は見当たらなかった。

 あれ?確かここに置き忘れてたと思うんだけど・・・。

 きょろきょろと辺りを見渡していると、後ろから声がした。

 これを探しているの?

 振り返ると、お社の近くにいた人影がこっちに近付いて来ている。誰だろうと思っていると、その人影は女の人だった。

 上品な花柄の和服を着て、ぽっくり下駄を履いた、まるで貴婦人のような人だったそうだ。ゆらりとかざした手には、失くした自分の財布が握られていた。

 あっ、私の財布・・・、あの、ありがとうございます。

 おずおずとお礼を言うと、女の人は微笑みながら財布を差し出してきた。

 そこの石段にあったの。もう置き忘れちゃだめよ。

 その言い方にちょっと引っ掛かった。だって、普通は落としたものだと思うだろうに、なんで置き忘れたことを知っているんだろう。

 財布を受け取ってぺこりと頭を下げると、女の人は微笑みながら質問してきた。

 今、おいくつなの?

 え?えーと、10歳です。

 そう、なら××の×××かしら。

 その言葉は上手く聴き取れなかったそうだ。ただ、方言がきついとかそういう感じの聴き取れなさではなくて、なんだかとても昔の古い言葉を喋ってるような、そんな印象を受けた。

 もう暗くなるから、お帰りなさい。

 は、はい。ありがとうございました。

 もう一度お礼を言ってから、立ち去ろうとした瞬間、ふと女の人から呼び止められた。

 ××××。

 えっ?

 またあの昔の人が喋るような言葉。振り返ると、女の人が手に何かを持っていた。

 きっとね、あなたにはこれが必要になるから。

 そう言いながら女の人は手を優しく取ると、掌にその何かを握らせた。

 手を開くと、それは赤い紙風船みたいな木の実だったそうだ。

 きっと、きっと必要になるから、持っていなさい。

 そう言って女の人は微笑みかけた。

 なんだか気味が悪くなって、踵を返すと足早に階段の方へ向かった。降りる直前、振り返ると、お社の近くにいたはずの女の人の姿がない。

 あんな動けなさそうな服装で、どこに消えたんだろう。

 不思議に思いながら下へ戻ると、酒盛りをしていたおじさん達が話しかけてきた。

 おお、財布あったのかい。良かったねえ。

 うん、あのね、なんか上に変な人がいた。

 変な人?

 うん、女の人。着物着てた。

 着物だあ?そんな恰好したもんはいなかったがなあ。

 もう女手はみんな帰っちまったはずだぞ。

 ハハハ、○○ちゃん、神様にでも会ったんじゃねえのか。

 キツネにつままれたような気分で、神社を後にした。持たされた赤い木の実は、気味が悪かったから、帰り道の途中で草むらに捨てたそうだ。

 あれって、何だったんですかねえ。彼女は不思議そうに話してくれた。

 ちなみに、それっきりその女の人には会っていないそうだ。次の年も、その次の年も山祭りは行われたけど、姿を見かけることはなかった。

 ね、怖いっていうより、不思議な話でしょ?

 そう言って笑う彼女に、僕は戸惑いを隠せなかったよ。

 なぜかって・・・、その彼女の彼氏、大学の同級生なんだけどね。あんまりいい噂を聞かなかったんだよ。全部人づてに聞いたから、真偽は分からないんだけどね、あんまり女の人を大切にしない人間というか・・。

 ほら、たまにいるでしょ?友達なんかに対する外面はいいけど、恋人に酷く当たる人って。それも、ちょっとした暴力では済まないくらいのね・・・。

 彼女は分かってなかったみたいだけど、多分、その神社の女の人が渡してきた赤い紙風船みたいな木の実ってさ、ホオズキじゃないかと思うんだ。

 知ってる?ホオズキってね、子宮に作用する毒があって、妊娠中の人は危険だから食べちゃいけないんだよ。昔は堕胎剤、中絶の薬として利用されたりもしたんだ。

 そんなホオズキの実を、きっと必要になるって言いながら渡してきたって・・・。

 もちろん、これは邪推さ。少なくとも、彼女は僕にこの話をしてくれた時は、そんなそぶりは見せていなかったし。ただ、その後・・・。

 いや、なんでもないよ。・・そんじょそこらの怖い話よりも、よっぽど怖いことになっただけさ。

 でも、なんで山の神様は、それを伝えに来たんだろうね?それも、はっきりと言わないで、きっと必要になるからなんて言い方をしてさ。

 そもそも、その女の人が山の神様だったのかも分からないけどね。もしかしたら、山に神聖なモノがいるなんてのは嘘っぱちで、神聖な存在だからって人間に対して親切とは限らないものなのかな?どうなんだろうね?

 

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