第55話 冷蔵庫の中身

 さっきの話は、なんてことない嘘が幽霊にアイデンティティを与えてしまった話だったね。

 じゃあ、次は幽霊のアイデンティティを奪ってしまった話をしようかな。

 はは、意味が良く分からないって?

 まあ聴いててよ。どうにか分かりやすく話してみるからさ。


 —冷蔵庫の中身—


 大学の同級生の友達から聞いた話。

 その人は僕とは違う大学なんだけど、地方の出身で、大学入学と同時に念願の一人暮らしを始めた。

 見つけた部屋は、ボロい木造アパート。贅沢は言えなかったから、狭くても古くても、家賃が安いだけで御の字だった。

 特に暮らしに不満はなかったけど、ひとつだけ嫌なことがあった。

 それは、粗大ゴミの山がアパートを出てすぐのところにあること。

 そこは本来ゴミ捨て場じゃないんだけど、ちょうどブロック塀でコの字に囲ってあったからか、誰かが勝手に粗大ごみ置き場にしてしまったんだそうだ。

 一つ、二つ、段々と粗大ゴミが置かれていったら他の人も勘違いして、今ではすっかりボロボロの冷蔵庫やらエアコンやらソファーやらが山積みになってしまった。

 それだけならまだしも、そこを通るたびに異臭がした。何かが腐ったような臭いが。

 ある日の夜、飲み会の帰りに数人の友人とそこを通りがかった。

 何だ、ここ。色々と捨ててあるけど。

 ああ、それ、不法投棄の山だよ。臭いだろ?早く片付けて欲しいぜ。アパートの目の前だからさ、出かける度に臭くて気が滅入るんだよなあ

 お前、ここの噂知らねえの?ここ、ちょっとした心霊スポットなんだぜ?

 はあ?なにそれ、初耳だぞ。

 友人が言うには、そのゴミの山は心霊スポットって言い方は過ぎるけど、ちょっとした怖い噂があったそうだ。

 それは、こういう噂だった。

 ゴミ捨て場の冷蔵庫の中には、幽霊がいる。真夜中に近くを通ると、冷蔵庫からドコドコ、まるで中に何かがいて叩いているような音がする。

 おいおい、何だよそれ。今まさに真夜中じゃねえか。ビビらすなよな。

 なんだよ、お前怖いのかよ。

 うるせえな、俺の家の前だぞ。変なこと言うんじゃねえよ。

 でも、本当なんだよ。実際に音を聴いた奴もいて——。


 ドンッ。


 ・・・おい。・・今の音って。


 ドコッドコドコッドンッ。


 まさに今、話している最中に冷蔵庫から音が聴こえてきた。しかも、冷蔵庫は小刻みに揺れていた。中に何かがいるみたいに。

 うっ、うわああああああああっ。

 みんな真っ青になって、走って逃げだした。

 その日は怖くて、友達の家に泊めてもらったそうだ。

 翌日、怖かったけど仕方なしに家に帰ると、明るかったせいか恐怖感は薄れていた。

 あの音は、勘違いだったのかなあ?

 結局、そう思い込むことにして、その後も普通に生活を送った。ただ、夜寝る時はちょっと怖かったそうだ。

 それからしばらく経ったある日の事。バイトが立て込んで遅くなってしまって、真夜中に家に帰る羽目になった。

 うわあ、もう勘弁してくれよ。憂鬱になっていると、バイトの先輩が声をかけてきた。

 おう、やけに暗い顔してどうしたんだ?

 えっ?ああ、実は・・・。

 一部始終を話したら、なぜかその先輩は満面の笑みになった。

 はっはっは!そんなもん怖かねえよ!俺に任せろ!

 その先輩は豪気な性格で、怖いもの知らずの破天荒馬鹿って感じの人だったらしい。そしてなぜか、その先輩をそのゴミ捨て場に連れていくことになった。

 先輩、やめときましょうよ。俺、怖いっすよ。

 馬鹿野郎!いい年した男がそんな弱気でどうすんだ!任しとけって!俺が幽霊をぶっ殺してやるよ!

 ぶっ殺すも何も、幽霊ってもう死んでるのに。ああ、面倒なことになったなあ。そう思いながら歩いていたら、あっという間に着いた。真夜中だから、辺りは静まり返ってる。

 おう、ここか。それで、幽霊のいる冷蔵庫ってのはこれか?

 は、はい。それですけど。

 

 ドンッ。


 ドコッドンドンドン。


 サービス精神旺盛な幽霊だったのか、その日も冷蔵庫から音がしたそうだ。例によって小刻みに揺れながら。

 うわああっ、でたっ。せ、先輩っ、早く逃げましょう。

 なんだあ?ただの音じゃねえかよ、こんなの。

 

 ドンッ!


 幽霊は怒ったのか、ひと際強い音が鳴った。冷蔵庫はガタンと大きく揺れた。

 先輩っ、ヤバイですよう。早く逃げましょうって。

 うるせえっ!おら、いくぞっ!せーのっ、バーン!

 なんとその先輩、冷蔵庫を思いっきり開けちゃったんだよ。

 うわああああっ。

 そこには幽霊の姿が・・なんてことはなくて、中は空っぽだったらしい。

 あ、あれ?

 ほらな?幽霊なんていないっての。

 先輩はなぜか誇らしげだった。開けた途端に音もしなくなっていた。

 おいっ、それ取ってくれよ。

 先輩が指さしたのは、ゴミ捨て場に畳んで積まれていたボロボロの布団だった。

 何をするのかと思ったら、先輩はそれを冷蔵庫の中に詰め込みだした。

 先輩、何をやってるんですか。

 ああ?ほら、これが入ってりゃ、中の幽霊も動けないだろ!

 そういう問題なのかなあ。疑問に思ってたけど、その光景を見ていたら、なんだか怖がっていたのが馬鹿馬鹿しくなってきた。なんだって、あんな音に怖がっていたんだろう。なんだか笑えてきてしまった。

 蓋を閉めてと・・、ほら、これで中の幽霊は動けないぜ!ざまあみろってんだ!

 先輩!凄いっすね。幽霊を退治しちゃいましたよ。

 なぜかテンションが上がって、そのまま二人で飲みに出掛けたそうだ。

 それからというもの、真夜中にそこを通っても、音もしないし、まったく怖くなくなった。それどころか、先輩が冷蔵庫と格闘している様を思い出して、笑ってしまうようになった。

 やっぱり、幽霊なんて、気の持ちようの問題なんですかねえ。

 その人は、楽しそうに笑って話してくれた。

 冷蔵庫の中から音を出す幽霊を、笑いものにして追っ払ったんだね。中に物を詰めて動けないようにするなんて、とんだお祓いだよ。騒音幽霊のアイデンティティを奪ってしまったんだ。

 でも、僕は話を聞き終わった後、ふと疑問に思うことがひとつあった。

 その先輩って、今はどうされているんですか?

 そう聞くと、その人はこう言うんだよ。

 ああ、その先輩、ある日突然バイト先に来なくなっちゃったんですよ。破天荒な人だったから、バックレたんじゃないですかねえ。今頃、どこで何をしてるんでしょう、はははは。

 ・・僕さ、こう考えてるんだよね。

 冷蔵庫の中にいたモノは、退治したんじゃなくて、その先輩に憑いていっちゃったんじゃないのかな?

 

 

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