第54話 幽霊の姿

 さっきの話は、噂が一人歩きして具現化した話だったね。

 もっとも、具現化したのは声だけだったけど。

 ははは、信憑性が薄いって?

 じゃあ、今度は声じゃなくて、姿形が具現化した話をしようかな。


 —幽霊の姿—


 とある街の外れに、幽霊がでるって噂の廃病院があった。

 三階建てで、窓は割れ放題のボロボロの建物。外壁には蔦が茂ってて、もう長いこと解体されずに残ってる。

 そこに、肝試しをしようと若者たちが集まった。季節は夏の頃、暇つぶしになればいいかと思って軽い気持ちで赴いた。

 ところが、いざ目の前にしてみると、雰囲気に気圧されてしまった。当たり前だよね。真夜中の街外れだから人気はないし、廃墟ってだけで怖いんだから。

 本当ならビビって帰るところだけど、メンバーがメンバーだからその案はなかった。

 男女で来てたからね。男連中が見栄を張って、帰ろうとしなかったんだ。

 肝試しのコースは正面の入り口から入って、最上階の三階に上がったら降りてくる。ただそれだけ、行って帰ってくるだけのコース。

 男女のペアで行くことにしたから、男はやる気満々だ。何かあれば抱き着かれるんじゃないか。そんな考えが頭をよぎってウハウハだった。

 さあ、そろそろクジでペアを決めて行こうか。そんな時、一人の奴がこんなことを言い出した。

 ここってさ、幽霊が出るのは三階の非常階段のとこなんだよ。

 なんだよ、急にお前。

 いや、本当なんだよ。非常階段のとこにさ、出るんだよ。末期癌の患者がさ、思い詰めちゃってあそこから飛び降りたんだ。

 そいつが指さしたのは、外からも見えるボロボロに錆びついた非常階段の踊り場だった。よく見ると、中へと通じる踊り場のドアは割れてて半分開いている。

 お前さ、ビビらすようなこと言うんじゃねえよ。

 なんだよ、ビビッてんのか?

 そんなことを言いながらクジをして、決まったペアで行くことになった。

 怖いよう。大丈夫かなあ。

 ハハ、大丈夫だよ。オバケなんかいねえって。

 最初に行ったペアは何事もなく無事に戻ってきた。

 ああ、怖かったあ。

 オバケ見た?

 馬鹿、オバケなんかいるかよ。

 二組目も無事に戻ってきた。

 ヤバいって、あそこ絶対なんかいるよ。

 なんかってなんだよ。ビビらすなよお。

 そして最後のペアが向かった。ところが、前の組と違って中々帰ってこない。

 おい、遅くねえか。大丈夫かよ。

 そんなことを言っていたら、中から悲鳴が聴こえてきた。

 きゃあああああああっ。

 うわあっ、なんだよ。やばいんじゃねえか、これ。

 みんなで狼狽えていたら、中から血相を変えた二人が走って出てきた。

 うわああああっ。

 おいっ、どうしたんだよ。何があったんだよ。

 で、でた。幽霊でた。

 はあ?

 二人によると、三階まで上がったところで、男の方が非常階段を見にいってみようぜ、って言ったらしいんだ。女の子は反対したけど、男の方がふざけて手を引いて見に行った。

 廊下の奥の奥。割れたガラスを踏みながら、進んでいったら、なんと半開きのドアの向こうに人影がいたらしいんだよ。それは二人とも見えたらしいんだ。

 背を向けて、揺れている人影が。

 あ、あれって・・。

 きゃあああああああっ。

 それで女の子が悲鳴を上げた途端に、二人して一目散に逃げてきたらしいんだ。

 マジかよ、マジで出たんだ。幽霊。

 そっ、それで、幽霊ってどんなのだったんだよ。

 えっと、爺さんだった。ずっと咳き込んでて、入院着みたいなの着てて。

 えっ?・・・私が見たのと違う・・。

 ・・・どういうことだよ。お前ら二人で幽霊見たんじゃ・・。

 だって、私が見たのは女の人の幽霊だよ。髪がボサボサで白い服着て、確かに咳き込んでたけど。

 不思議なことに、二人とも同じ場所で幽霊を見たのに、その姿が違ってたんだよ。

 一体どういう事なんだよ。

 どういう事って言われても・・・、確かにあそこで見たんだよ俺たちは!

 そう言って、男の方が非常階段を指差すと、今度はそこにいた全員に見えた。三階の非常階段の踊り場、手すりを乗り越えようとしてる人影が。

 うわあああああっ!

 みんな揃って見えたもんだから、ビビり上がっちゃって一目散に車に乗り込んだ。そのまま街まで猛スピードで帰ったそうだよ。

 街に着いて、一息つこうとファミレスに立ち寄った。あれは何だったんだろうな。全員が青い顔をしていると、最初に幽霊がでるって言いだした奴がゲッソリした顔をしながらこう言った。

 あの・・俺さ、あれ嘘だったんだよね。

 嘘?何が。

 あそこで幽霊がでるなんて、嘘なんだよ。嘘っていうか、あそこで幽霊を見た奴なんか一人もいないんだ。

 おい、どういうことだよ。嘘って、現に俺たち、見たじゃねえか。人影。

 嘘ついたのは悪かったよ。盛り上げようとしたんだ。ていうかさ、お前、病院着の爺さん見たんだって?

 え?ああ、そうだけど・・。でも、この子は髪ボサボサの女に見えたって。

 ・・・そもそも、あそこは病院じゃないんだよ。

 どっ、どういうことだよ。あそこって廃病院じゃなかったのか?

 あそこは、元は役場だったんだ。中にベッドなんて無かったろ?俺、知ってたんだ。先輩が解体屋やってたから聞いたんだ。

 じゃあ、俺らが見た幽霊って何なんだよ。俺は確かに病院着の爺さんを・・・。

 わ、私が見たのは、確かに女の幽霊よ。嘘じゃない。

 ・・・俺がついた嘘が、幽霊になっちまったのかな?

 みんなが黙りこくっていると、一人の奴がポツンとこう言った。

 ・・・みんなさ、最後に飛び降りようとしてる奴見たよな?・・そいつって、どんな風に見えた?

 そこで嘘をついてた奴が半狂乱になって騒ぎ出して、話はうやむやになった。それ以来、同じグループで集まることはなくなったし、同じメンバーで集まっても、その話はタブーになったそうだ。

 どういうことだと思う?

 僕はね、こう考えてるんだ。嘘を信じるあまりに、幽霊が具現化してしまった。

 ところが、その嘘の幽霊像に性別や年齢、格好なんかのバックボーンを与えなかったせいで、人それぞれ自由に想像した幽霊の姿が見えてしまった。

 だから一人は末期癌の患者として老人の姿を想像し、一人はベタな幽霊の姿を想像した。どっちの幽霊も咳き込んでいたのは、末期癌の患者っていう要素に対して想像されたから。

 多分だけど、最後に全員で見た人影も、人それぞれ別の姿に見えていたんじゃないのかな?

 その話はタブーになってるらしいから、本当の事は分からないままだけどね、はは。

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