第53話 体育倉庫の声

 さっきのトンネルの話もそうだけど、場所がちだから幽霊が集まってくるっていうのはあると思うよ。

 何の変哲もない場所でも、薄暗かったり人気がなかったりしたら、そこは怖い場所になる。

 その怖い場所にモノが集まってくる。

 やがて、そこは心霊スポットになる。

 ははは、信じられないって?じゃあ、そういう話をしよう。


—体育倉庫の声—


 知り合いから人づてに聞いた話。

 その知り合いがかつて通っていた中学校には、こんな噂があった。

 体育館に隣接している体育倉庫には、幽霊がでる。

 それは先輩や同級生の間でまことしやかに噂されていた。学校の七不思議のように、代々上級生から下級生へ脈々と語り継がれていく噂。

 ただ、幽霊がでるって言い方はちょっと違った。具体的な噂の内容はこういうものだった。

 夜の体育倉庫に一人で行くと、跳び箱の中から、”だしてよ、だして”って擦れた声がする。

 その声の主は、いじめられていた一人の生徒だった。ある日、いじめっ子たちに体育倉庫に放り込まれ、跳び箱の中に閉じ込められていたところ、真夏だったせいで熱中症になり、死んでしまった。それ以降、その生徒が幽霊になって夜な夜な”だしてよ、だして”って恨めしそうに言う。

 実際にその声を聴いた人も、一学年に一人くらいの割合でいたらしい。夜、部活動用具の片付けの為に一人で体育倉庫に入ると、囁くような擦れ声で”だしてよ、だして”って。

 でも、その擦れ声の主、幽霊を見た人は、誰一人としていなかった。

 やがて大人になって、地元の会社に就職したある日の事。年齢が十くらい上の先輩と談笑していた時、中学生の頃の話になった。

 俺さあ、中学生の頃はバカな事ばっかりやってたんだよね。例えばさ、体育倉庫の跳び箱の中に隠れて、入って来たヤツを脅かしたり。

 脅かすって、ワッ!って声を上げて跳び箱から出てきたりとかしたんですか?

 いや、幽霊のふりをするんだよ。おどろおどろしい声でさ、”だしてよう、だしてよー”ってな。結構本気でビビッてるヤツもいてさ。中には怖がって悲鳴を上げながら飛び出していったヤツもいたっけなあ。

 聞いた瞬間に、長いこと使ってない引き出しを開けたような感覚になった。あれ、こんな話をどこかで・・・、あっ!

 先輩、その中学校って、○○中じゃないですか?

 ああ、そうだよ。俺、○○中なんだ。何、お前も○○中なの?

 その人は噂の事を興奮気味に伝えたらしい。何から何まで、○○中の体育倉庫にまつわる怖い噂を。

 えっ、なんだよその話。俺らの時にはそんな噂なんてなかったぜ。あの体育倉庫に幽霊がでるなんて。

 でも、僕らの時には誰もが知ってる共通認識でしたよ。実際に声を聴いた人もいて。

 嘘だろ、それにあの体育倉庫で人が死んだなんてこともないはずだぜ。あの倉庫は、俺らが入学したと同時に建てられたんだから。

 えっ?

 俺はずっと地元にいるけど、あの○○中で人が死んだなんて話は聞いたことがない。その噂ってさ、俺のイタズラが幽霊の仕業だって信じられてるんじゃねえの?

 その場は結局そういう結論に落ち着いたんだけど、どうにも腑に落ちなかったその人は、同窓会が行われた時に同級生たちに聞いて回ったらしい。

 なあなあ、あの幽霊がでる体育倉庫の事、覚えてる?

 ああ、そういやそんなのあったなあ。懐かしー。

 声が聴こえるんだっけ?俺、バスケやってたから片付けする時怖かったんだよな。夜遅かったら、絶対に一人で行かなかったよ

 俺、夜あそこに一人で入ったことあるけど、雰囲気マジヤバかったよ。怖くなってすぐに出たんだよな、確か。

 みんなが懐かしがってた時に、一人の同級生がこんなことを言い出した。

 ・・私さ、あの体育倉庫で、噂の声聴いたことあるんだよね。

 えっ・・・?

 私、部活でバレーやってて、終わった後にトイレに行ってたらみんな先に帰っちゃってたことがあったの。私もさっさと帰ろうとしたんだけど、そしたらボールが一個転がったままでさ。顧問の・・ほら、○○先生超厳しかったでしょ?怒られるのが嫌だったから、独りで片付けに行ったの。

 夜だし、あそこ灯りとか無かったから怖くて、さっさと片付けて帰ろうとしたの。扉をちょっとだけ開けて、ボールかごに投げ込んだら、すぐに帰ろうと思ってたらさ。

 中から、擦れた声がしたの。”だしてよう、だしてよー”って。

 めっちゃ怖くてさ、走って逃げたの。扉開けたままで。次の日、○○先生凄く怒ってたっけなあ。誰がやったんだ!って。怖かったから、黙ってたけど。

 ・・あのさあ、それって本当の話だよね?

 何よ、疑ってるの?私、そんな風に見える?

 その証言には真実味があった。その同級生とは付き合いが長くて仲が良かったけど、確かに嘘を言うような人間じゃなかった。ましてや嘘をついて他人の興味を引くような人間じゃない。

 その人はますます分からなくなってしまった。一体どういう事なんだ?

 そして今度は、親戚の子に聞いてみたらしい。その子はその○○中に現役で通っている中学生だった。

 あ!その噂ってやっぱり昔からあるんだ!

 僕もね、聞いたことあるよ、その話。先輩が言ってた。俺の友達が声を聴いたことがあるって。

 夜、独りで体育倉庫に入ったら、”だしてよー”って擦れ声が聴こえたんだって。

 その人は愕然とした。いまだに噂は継続していたんだ。脈々と語り継がれていたんだね。

 それに、真偽はともかく体験者もいまだにいる。

 つまり、先輩のたわいもないイタズラが具現化して、幽霊になったって事なのか?

 噂に尾ひれがついて、次第にそれが本当の幽霊になってしまった。そういうことなのか?

 その人は今でも不思議に思っているそうだ。考えても考えても答えが出ないから、今はもう考えないようにしてます、って言ってたよ。

 後、こんなことも言ってた。

 そろそろ姪っ子があの中学校に進学するんですけど、あの噂がいまだに語り継がれているのか、怖くて聞けないんですよね。

 人気のない、薄暗い場所で聴こえてくる擦れ声。一人のたわいもないイタズラが噂になって伝染していって、やがて幽霊、怪奇現象を創り上げてしまった。

 やっぱり、場所がちだから、そのモノは実体化できたのかな?それとも、全く関係のないモノが、噂の幽霊のふりをしているのかな?どっちなんだろうね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る